「俺、NEO海軍に入る」
何をふざけた事を、笑えない冗談だ、口を慎め。何と言ったかは定かでないが、困惑する頭はそれでも何かしらの言葉を発したのだろう。目の前の男は瞳をこちらに向けたまま少しだけその目を細めて笑った。
「俺にしてはかなり真剣に話してる方なんだけど」
そう。だから困っているのだ。いつもの周囲の気を緩ませるようなだらけた口調でもとぼけた声でもない。希に聞く真剣な様子に、今度はモモンガの手が震える。
「……何故、あそこなんだ」
「俺はさ、自分の正義を貫きたくて海軍に入ったんだけど、今まで抱いてた違和感がこの前のアレで爆発したんだよね」
この前のアレ、とはあえて聞かなくてもわかる。ポートガス・D・エースの処刑だ。そういえばあの処刑が行われる前の数日間、
は呪詛のように何かをぶつぶつ唱えていたのを思い出した。──否、唱えていたのではなく話しかけていたのだ。モモンガに。しかしモモンガはそれらの言葉を全て聞こえぬ振りをした。
それはそうだろう。海軍中将が言っていい台詞ではないのだ。「あいつを殺す必要があるのか」なんて。
「元帥はクザンさんが良かったなぁ」
「滅多な事を口にするもんじゃない」
「サカズキさんの口にする正義には悪寒が走るよ」
「立場を弁えて言葉を言え」
「じゃ、体には気を付けろよ」
「───待て、
」
そんな、おやすみの挨拶を言うような。
***
「おォ~、それでわざわざこの任についたのかァい?」
ゼファー先生には君もお世話になっていたから、そのためかと思ったよ、とこちらには目もくれず黄猿は言う。
「……公私混同してしまい、大変申し訳ありません」
「わっしは別に構いやしないよォ。ただ珍しいと思ってねェ」
「というと」
「判断を誤った元同僚の死体を見たいなんて、それも嘲笑うでもなくただ確認したいだけなんだろォ?」
「……………えぇ、」
ほら、この、一瞬にも。
が、亡霊が、モモンガの肩に腕を置いて言うのだ。 海軍の『正義』に心はないよ と。
もはや共に肩を並べ励まし合い、互いの正義のため切磋琢磨した同胞が今は忌まわしい。負けたくないと目標にしてきた男が、今では空想となって自信の正義を揺さぶってくるのだ。
それならば死体をこの目で見てケリをつけてやりたかった。無惨な死に様を見ればきっと、希望にすがるように生み出される男の空想など、もうできなくなるだろうと思ったから。
それなのに、何故どこにもあいつはいないのか。
「
の奴、見当たらないな」
「ヤマカジ」
良かったな、と言われ目を瞬かせた。嬉しいわけがなかった。モモンガは、
の死体を確認するために来たのだから。一時は正義の執行者として身をおきながら今では悪に手を染める友人の姿など見たくはなかったから、そういった意味では死んでくれた方がいい。それを良かったと言われても。
「……どうだろうか」
いつだって自分の前を歩いていたから、あの男の顔が思いだせない。自分より実力のある男だったからあれが地に伏せている姿が思い付かない。いつだって陽気な笑みを浮かべていたから、きっと死体になっても笑っているんじゃないだろうか。
そんなことを思っているからか結局撤退命令が下るまでに
の姿を見つけることはできなかった。
「あぁ……胸が気持ち悪い」
色々な感情が胸を燻っていけない。自分の感情くらい制御できなければならないと戒めていると、同じ艦隊に乗り合わせていた黄猿が真面目だねェと笑った。
何を考えているか分からない上官が、何が言いたいのか分からない視線をこちらに向けている。
「生きているかもしれないと、素直に喜べばいいんじゃないのォ?」
「……奴はもう、犯罪者です」
「本当かねェ?」
「え?」
「『NEO海軍に入る』とは本人が言っただけなんだろォ、わっし達は今まで一度も
の姿は見ちゃいねェじゃねェの~」
「そう、ですが」
何が言いたいのかが本気で分からなかった。後にヤマカジが言うにはお前を励ましたかったんじゃないか、との事だがあれだけ目に殺気の色を宿らせて励ましもなにもない。
「全く、目も当てられんな」
・
が自分の側にいたときは気付きもしなかった思いを今更知らされることになるとは。
気を紛らせようと入ったバルは新兵の頃から
と利用していたため、店員には珍しく一人かと言われてしまう。確かに、普段はカウンター席に二人で並んで色々と話したものだ。口に含んだビールが味けないとつい文句を溢せば、一人だからだろと断定され、やはり気を紛らせるためにピッチを早めた。
「……よし、切り替えねば」
NEO海軍はゼットの死によって解散された。もとより海軍があれだけ攻め入ったのだから生き残りなどいないだろう。もうあの組織を追うことはない。
を……
の死体を探しにいく機会はないのだから、この夜と共に全て消し去ろうと誓った。
それでもやはり諦めきれないのだ。またいつものようにひょっこりと現れそうな気がして。
「久しいなモモンガ」
なんて、言いながら。
さよならも言わずに
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