「横、いいかな」
「ジョナサン中将」
「まーそう畏まるな。柄じゃないじゃないか」
「それもそうですね」
私も彼もこうして仕事を抜け出し釣りをしようというのだからこの状況で敬礼などおかしな話だ。上官を前にあっさり敬礼を解く彼を叱るべきかもしれないが、私だって仕事そっちのけで釣りざおを担いでいるのだからそんなこと言う資格はないし言うつもりもない。その実私はこの時間が好きだから、自分からこの空気を壊すことはしたくないのだ。勿論、ドレイク少将が非を諌めればそれを宥めることはしないがね。
「先程ドレイク少将が君を探していたようだがね?」
「あーあれですか。大丈夫です。俺がサボらないよう定期的に呼びつけてるだけなので特に用事はないはずなので」
「そうか」
それを知っていてこうして釣りざおを投げているのだからこれだけ肝の据わった青年に手を焼く少将が気の毒に思わないこともないが、まぁ二人の一進一退の攻防は見ていて面白い。自分が当事者にならない範囲で楽しませてもらっている。
「折角来られたのに残念ながら今日はボウズですよ。夕飯の主役はお野菜ですね」
「えー」
「中将ぉ、おひげ生やしたおじさんの『えー』なんて聞きたくないですよぉ」
「君ねぇ……。とにかく何か用意してくれないとまたジェシカに野菜ばかりのディナーを用意されてしまうよ」
「ノロケですかぁ。ジェシカさんも俺も、ジョナサン中将の健康を気遣っているんですよ」
つまりわざとボウズなのだというオチに持っていった彼は餌も何もついていない釣竿を引き上げて帰り支度を始めている。このままでは雑談で終わってしまうと引き留めたが、露骨に嫌な顔をされて流石に悲しくなった。何か嫌われるようなことをしただろうか……。
「聞きましたよ、俺、左遷だって」
「左遷?」
「とぼけないでくださいよ。ジョナサン中将が俺を本部に行かせるんでしょ」
餌もつけないまま釣り針を放り、ぽちゃん、と軽い音を立てて海に沈める。釣竿を持つ手は少し苛立っているようだが、はて。
「ハリネズミを出て本部に行くのは、控えめに言っても栄転ではないかね?左遷と言うのはいかがなものか」
「俺、移動願いだしたことありませんよ」
「しかし君みたいな優秀な子がここでくすぶっているのを見るのは惜しくてね」
「……ドレイク少将はバカだから可愛いんでしょ」
「んー?」
「俺の方が絶対、ナバロン愛強いのに」
いつの間にかぶっすりと膨らんだ頬。うちへ飛ばされた時と同じ顔だ。もっともあの頃は、「こんな辺鄙なところに」とぶすくれていたはずだったが。
「
准将がそんな風に思ってたなんてなぁ」
「俺だって驚きです。まさかこんな、辺鄙な要塞に取り付かれるなんて」
「はははっ!言うじゃないか」
「中将のよく言う、『ここに入ってでられるものはない』ってやつですかねぇ」
あれは海賊に向けた言葉だけどね。
「コラァ
准将!またそんなところでサボりとは!はっ、ジョナサン中将まで!」
「あぁあぁウルセェのに見つかった」
「なるほど、最近君が普段以上に彼を怒らせるのはそういう訳だったんだね」
私の言葉の本意がよく分からないらしい彼のために補足を付け加えたのだが、かえって不快な思いをさせたようだ。
准将のような男が嫉妬から八つ当たりしていたなど、自覚したくもないものらしい。
「まぁ程々にしたまえよ。彼は君の上官なのだから」
「ご心配には及びません。来期で俺、少将に昇進ですから」
「……はっはっはっ!ドレイク少将がそれを知ったら倒れるかもしれんな!」
「楽しくなりそうです」
海老で何を釣る
いつものように口元を緩ませた
の釣竿がとぽんと沈んだ。
Back