仮面を割らないでよ

10歳のカクにとって16歳のは大人とそう変わらなかった。
まだ『指導される側』である分大人よりは親しみやすいが、考え方も実力も大人と大差ないのはそれが16歳だからだと思っていたのだが、その実ロブ・ルッチとも引けをとらない実力者であることは、まだ10歳のカクには分からなかった。


「なんじゃ、またサボりか」
「あァ見つかった。カクは俺を見つけるのが上手いなァ」
が気配をかくすのがヘタすぎるんじゃ」
「そっか。もっと頑張らなきゃな」

太陽から隠すように目元を覆っていた本をどかし上体を起こした顔はまだ寝起きの間抜け面。
今なら一本とれそうだと覚えたての指銃をお見舞いしたが、あろうことか鉄塊もせずに防がれた。

「おー、筋がいいなァカク。だがむやみに人に使ったらダメだぞ」

これは、人を……殺す技だ。
言うのを躊躇わせその上小声で発せられた単語に、そこまで重みがあるとはカクには到底思えなかった。
の言うとおり殺すために習得した。CP9の諜報員として使えるようにするため毎日死ぬかもしれないと絶望するような辛い訓練に耐え抜いてこうして暗殺術を身に付けている。そんな場にいながら今更死ぬだの殺すだのと言った類いの言葉を避けているのは目の前の間抜け面くらいのものだ。

「ほんとーに、なぜオマエはここにいるんじゃ、。オマエなんかにんむ先であっさり殺されそうじゃ」
「そうだなぁ、その時はカクが守ってくれよ」
「しかたのないやつじゃ」

ぷっくりと頬を膨らまし呆れたふりをするカクの頬はお子さま特有のもちもち肌を遺憾無く発揮していて大変気持ちいい。
何度怒られようと両手で頬をいじくり回すも懲りない男だが、こうなることを分かってても頬を膨らますカクは策士か小悪魔だ。

「やめんかまったく!」
「ごめんよカク、あまりに魅惑的すぎて」

すまんすまんと気のない謝罪とともに慣れた手つきでカクの両脇に腕をいれ立ち上がらせた。そのまま流れるように肩に担がれて、潜入先で見かけた親子のような『肩車』状態に、膨らました頬からはぷーと空気が抜けた。

「カク、次の休みはいつだ?」
「……わしらにお休みなぞあるもんか」
「そっかぁ」

訓練生に休日がないことなど分かりきった事なのに、カクを担いだまま歩を進める青年はひどく残念そうにそうかぁ、と繰り返した。

「なんじゃ、お前にはきちんと休みがあるんじゃろ」
「そうだけど……んー、ほら、もうすぐカクの誕生日だろ?」
「!」
「一緒に街で遊びたかったんだ」
「……そんなの、むりな話じゃ」

ビル風に負けそうなか弱い声を出して、柔らかなの髪の毛をくしゃりと掴む。ひどい男だ。分かりきったことを敢えて口に出すなんて。カクが街に行けるのはそれこそ潜入調査の時だけだというのに。
波風立てないように意識していた感情が揺さぶられる。そう、この男との会話は修行になるから。だから一緒にいるのだと、誰にともなく言い訳を吐いた。

「そんなに街に出たかったのか。よし、俺から上に話をつけてやろう。来週ロブが裏商会との噂がある役人へ尋問しに行くらしい。その時の付き添いにと進言して───」
「いらん」
「ん?」
がおらんのに行ったって、どう楽しめばいいのか分からんもん」

成程一理ある、と思った。確かにロブ・ルッチと行ったんじゃアイスクリームは愚かあめ玉一つ買うことも許されないんじゃなかろうか。そして何より自分と行きたいと言ってもらえたようでたまらなく嬉しくなった。

「……ならカク、俺はお前に命令する。先輩の命令は絶対だぞ」
「なんじゃ。リフジンなこと言ったら承知せんぞ 」
「『俺は明日街に出て買い物をする。お前はその荷物持ちをしろ。いいか、この事は誰にも言わず、明け方には窓の鍵を開けて待っているように』いいな?」

この時のカクの年相応に喜びを全面に表した表情を、は一生忘れないだろう。


   ***

現にこうして、CP9崩壊後、故郷に戻ってきた立派な成人姿のカクを前にしても当時の表情を思い出して頬が緩んでしまう。

「何を笑ろうとる」
「いや、無事のようでほっとしたんだ」
「新聞読んだんじゃろ。ちっとも無事じゃないわい」
「何言ってるんだ。命あっての物種だろ」

生きたカクとまた会えて本当良かった、なんてぞっとしない事を平気で言うのだからカクにとってやはりの横は居心地が悪い。

「……さて、ここへ戻ってきたのも一時的なものだろう。血の気の多いCP9がここに腰を下ろすとは思えないしなぁ」

いつの間にか引かれた一線。血の匂いが染み付いた手では否定することもできず、うまく笑えない口元を服へ埋めた。

「ルッチたちが何を思ってここに立ち寄ったかは知らんが、わしはお前を迎えに来たつもりじゃ」
「……」
「のう、わしらと来い」
「いや、無理だ。俺はここでの新人教育を気に入っている」

予想していた答えの一つだった。ちなみにもう一つは「何言ってるんだ」と笑って流されるというものだったから、こちらを選んでくれたのはまだ良かったし、元々首を縦に振ることはないと思っていた。

「ひどいのぉ。折角また会えたのに、離れるのは寂しくないんか?」

これにも首を縦には振らない。予想通りの反応に密かに安堵した。

「なら、わしに残ってほしいか?

カクが思い付く最後の交渉だった。喉の乾きがごまかせない。あまりに真剣みを帯びた目は何故かから離せないでいる。何も答えず表情も変えない男を見つめ続けるカクの方がいたたまれない思いでいっぱいになる。

「『先輩の命令は絶対』なんじゃろ。言えばわしはここに留まってやらんこともないぞ」

絞り出した声は震えていなかったろうか。CP9として5年間も気付かれることなく潜入任務をこなしてきた自分が情けないと、仲間が見ていたら笑うだろうが、二人がいるのは、昔から二人だけの秘密の場所だから問題はない。

「俺は、命令しないよ」
「……」
「カクとは離れたくないが、俺は昔からロブのことが好きじゃないからついていけないし、カクにここに残ってほしくもない」
「……な、んで」
「後悔するから。絶対に。俺はカクの望むものをやれない。俺なんかに縛られて息苦しくなるカクは見たくない」

言わなきゃ良かったと思った。何も言わずにいた方が良かったかもしれない。そしたら別れる辛さを、二度も味わうこともなかったのに。

「俺が命令するとしたら、お前が本当に望むものを選べと言うよ」




うつむいたカクの頬へ自分とはまるで違う綺麗な両手が伸びる。優しく包むように触れてくるその手を何度も払いのけたが、今だけは離れるなと両腕を掴む。
せめてくしゃりと歪んだ顔がまた仮面をつけ直すまで、もう少しこのまま。



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