忠実なる給仕のぼやき

何がお気に召したは皆目検討もつかないが、俺は今日もタキシードスーツに袖を通し、真っ白なグローブで手を包む。
鏡の前の俺は締まりのない顔をしているが生まれたときからなので仕方がない。もっと綺麗な顔付きならば気に入られたのも頷けるのだが、はてさて、本当に何が気に入られて俺はまだ砂にされずにいるんだろうか。


knock,knock


部屋の戸を叩いてからは少しだって気を抜けない。「入れ」などと律儀に返事をくれる人ではないが、かといって勝手に入れば先週のメイドと同じく砂に変えられ冥土へ送られるだろう。え、別に上手くない?
ともかく俺は今日も耳を澄ます。
僅かに砂が床を擦れる音を確認して失礼します、と戸をゆっくり開き一礼する。
よし、俺は今日も無事に朝を迎えられたらしい。

着替えと、それから重要と思われる郵便物を棚の上へ並べ部屋を出る。綺麗好きなサーは能力者のくせに毎朝シャワーを浴びるため、朝の室内はシャンプーの匂いが充満してて好きだ。あ。そういやそろそろストックがなくなる頃かもしれない。

「…………おい」
「えっ、はい!」
「そんなセンスのねェもんおれにつけさせる気か」
「えっ、このスカーフ、ですか?すみません。スーツが黒なので明るい色がいいかと思って……」

声をかけられて舞い上がっている場合ではない。ダークスーツに合わせた淡い空色のスカーフは却下されるどころか目の前で砂に変えられ、「スカーフじゃねェアスコットタイだ」と律儀に訂正をもらった。
わー近い!低音ボイスが胸に響く!わー!サーが!近い!普段は散々見つめてるくせにいざこうなると顔が拝めない。ファンか。

「呆けたツラしてねェでさっさと持ってこい」
「は、はいただいま!」

大急ぎで選び直した紫色の水玉模様のスカーフ、いや、アスコットタイも目の前で砂にされたあげく、そのままフックでぶん殴られた。
どうやら俺にはセンスがないらしい。


   ***

誰も信じないというのは大変だと思う。
例えばの話、ミス・オールサンデーが何か嘘の報告をしたとして、それが本当かどうかをいちいち確かめるのは二度手間だ。俺みたいに馬鹿正直に言葉を鵜呑みにする人間の倍動かなくてはならないのだから。

「わざわざ確認する必要はねェ。いつ誰が裏切ろうが、常に相手の首を掻く状況を作っておけばそれで足りる」
「なるほど……」

その誰が、には当然俺も含まれているに違いない。悲しき哉、どの言葉を選んでも俺のこの服従心というか、献身さは我らがボスには届かないのだ。

「なんだ、いきなり黙りやがって」
「いえ……」

いえ、じゃないな。ここでの正解は。ボスは既に俺を疑った上で声をかけてきてんだ。否定などせず、正直に言わなきゃ。

「やっぱ自分も信用されてないんだろうなと思うと、胸が痛くなりまして」
「ふん、くだらねェ」

くだらなくないよ。俺にとっては重要な問題なんだよ、サー。

「………………失礼しました」

あぁこの不器用な笑顔ですらきっと、サーに不信感を抱かせる一端を担っているに違いない。


   ---

アラバスタにだって、近付いちゃいけない通りがある。外からやってきた俺にそんな通りが分かるはずもなく、持っていた物全て奪われ、追ってこられないよう執拗にいたぶられ、さぁあとは死ぬだけかってところを革靴に蹴飛ばされた。泣きっ面に蜂だ。いっそ笑えてきたが、息を吸うたびに骨がぎしりと痛んだ。

「おい、このゴミを連れて帰れ」

ゴミって俺のことかな。すみません、連れて帰るもなにも立つことすらままならず。あぁいい声だな。色々な声を聞いてみたい。あぁ肩から流れる血が止まらねぇ。


とりとめもないことを考えて、次に目を覚めたときには俺はサー・クロコダイルの給仕として生き返っていた。


   ---

それならばこの命をサーのためだけに使おうと考えるのは至極当然だろう。サーが俺を生かしてくれたのだから。いい加減信じてくれないかなぁ。

俺はこいつみたいに裏切ったりなんか、絶対しないのになぁ。

「折角のお誕生日が血なまぐさくなってしまいましたね。信頼の置ける奴だと思ってたのに」
「クハハハッ。信頼なぞ、この世で最も不要なものだ」
「………そうですね」

泣くのを我慢して笑うのがこんなに難しいとは知らなかった。
人からもらった食べ物は絶対に食べないから、せめていつも首に巻いてるアスコットタイなら受け取ってもらえるだろうと選んだけど、それでも信用ならない相手から首に巻くものなんてもらってもきっと拒絶されるだろう。
壊滅的にセンスのない俺が店員さんに相談しつつ選び、他人の手に渡らないよう梱包まで頑張ったのだ。それを目の前で砂にされたら流石に俺も泣きかねない。誕生日プレゼントは一生、タンスの奥に眠らせておこう。




そう思っていたのだ。昨日は。ただ一晩たって、やっぱ人への贈り物をずっと持っておくのってなんかいやだった。
どうせサーのおしゃれアイテムさんは俺が部屋へお持ちするんだし、あんだけスカーフ持ってりゃ記憶にないものだってあるだろうし、俺からの誕生日プレゼントをこっそり持っていこう。そして正々堂々挑み砂にしてもらおう!
そう思っていたのだ。さっきまでは。
だからいつもは自分で手を伸ばし首に巻くアスコットタイを、わざわざ俺の手づから受け取り、にやりと笑ったサーが

「一日遅ェが、まぁいい」

と笑った時は心臓が止まるかと思った。ホントに。叫び上がらなかっただけ偉いでしょ。だから興奮のあまりその手の甲に忠誠のキスを送ったことに、そこまで全力で殴りかからくてもいいじゃないですか!



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