過去の抜け殻

「はぇ~まさかまた“海賊処刑人”に会えるとは思わなかったよ」
「…………は?」

麦わらの一味と離れ、ようやくその身を島に落ち着けた頃の事。
店じまいを始めた市場で買い物を終え、帰路についていたシュライヤに背後から声をかけた男がいた。

「そう殺気立つなよ。別に何もしねェって」
「その成りで言われても説得力がねェな」
「……ふむ。確かに。まぁ昔世話になった仲だろ。そこは信頼しようぜ」

両手に握るサーベルにはべっとりと血がついているところを見ると“仕事”帰りなのだろう。
まだガスパーデの足取りすら掴めていない頃の事。ある島で賞金首を仕留め損ない手傷を負ったシュライヤを世話したのが突然目の前に現れたと名乗る男だった。

「久し振りの再会だ。嬉しいなぁ」
「……」
「お前と組んでた時が一番稼いでたからな、あれから色んな奴と組んではみたがやっぱり一人が一番だ」
「そうか」
「あァでもまたお前と組めるなら俺は大歓迎だぜ!」
「……おれは、もう足を洗った」
「………………は?」

今度はが顔を歪める番だった。
殺気を漂わせて右足が前方へ送られる。一歩、更に一歩足を進めてはさすがのシュライヤも距離をとるため一歩後ろへ引いた。

「てことはお前、復讐果たしたのかー!?」
「……ま、まぁ……そういう事に、なる」
「なんだよ煮えきらねぇなァ」
「おれが直接手を下したわけじゃねェしな」
「ふーん?」

あれほど溢れ出ていた殺気はいつの間にか鳴りを潜めていて、背中を伝う冷や汗を感じながらも肩に置かれた両手を振り払うことなくその目を見つめる。

「それにしちゃあ、あんまり脱け殻になっていないようだな」
「そうなんだよ!未だに信じられねェ思いだが、アデル…妹が生きてたんだ!今一緒にこの島にいて……!」

ハッとした。ここまで興奮気味に話をするような間柄ではないのに、妹のこととなるとつい我を忘れてしまう。目の前の男も驚いたのか、目を見開いたまま固まっており、しばらくしてからきゅっと目をつむり笑った。

「そっかぁ。またお前が幸せそうに笑えるなんて。本当に、良かった!」
「……?……?」
「ま!この島はかなりいいとこっぽいし、お前くらいの腕があればなんら問題なく生きられるだろうさ!本当、妹のこと、マジで良かったな。これからはまた家族一緒だもんな!あ、これは餞別だ。汚い金だが金には違いない。役立ててくれ。本当、良かったなぁシュライヤ。これからは真っ当に生きろよ」

とりつく島もないくらい一人でペラペラと喋って、仕舞いには呆然と聞くだけのシュライヤの手に巾着袋を置いて消えていった。
右手を掬ってわざとらしくその手に袋を落とすやり方は昔、一時的に共闘を組んでた時と変わらない。

……?」

顔をあげた時には当然、その影すらもう見当たらなかった。


   ---

「シュライヤ・バスクードだろ」
「!?」
「暴れるなよ折角医者が傷口を塞いでくれたのに」
「……ッ」
「別に恩を売ろうとか快復してから海賊に渡そうとか思ってるわけじゃない。助けたのは俺の気分で、お前が俺に襲いかからない限り後は好きにしろよ」
「……お前、は」
「ハジメマシテ。俺は。同業者だよ」
「そうか。助かった、
「あー待て待て。俺もお前と同じくギブンネームから名乗るんだ。ここらじゃ珍しいがな。だからは名前の方で──」
「命の恩人に親しみを込めて名で呼ぶのはおかしいか?」
「………好きにしなよ、シュライヤ」
「……」
「助けてやったんだ。俺の好きに呼ばせてもらうぜー」
「……あぁ」


好きにしろよ


   ---

懐かしいあの頃を夢に見るほど、昨夜の再会は脳内に衝撃を与えたのだろうか。
釜炊き技師の頃の癖か朝の早い二人と異なり、シュライヤが目覚めたときにはとうに日が昇っていた。

『またお前が幸せそうに笑えるなんて。本当に、良かった!』

「……何が『ハジメマシテ』だ」

重すぎる巾着を持って窓から部屋を出る。出掛ける前に一声かけろと後で言われるだろうが、全て後回しにしよう。今はただ、恩人の元へ向かわねば。



ッ!」
「ありゃ。見送りに来てくれる程俺達親しかったっけ?」

バカ言え、と袖を引っ張り今まさに出ようとした船から引きずり下ろす。貿易商は運賃を払い戻してはくれなかった。

「何すんだよ、なけなしの金で島を渡ろうとしたのにィ!」
「おれに嘘をついたまま姿を消すつもりだったのか」
「ん……?」

まだ呼吸は上がったままで喋りづらいが、声にはなる。怒りに任せ怒鳴り付けたいのを堪えて説得するように言葉を並べた。

。名前は知らなかったが、お前がおれを助けたあの日から、本当はわかってたんだ」
「待てよシュライヤ…」
「俺の他に、生き残りは100人いた」

確信めいた瞳を向けた先で、の口がひくりと動いたのが見えた。
───そういえば今日、初めてこいつの顔を見た。
わずかに胸が冷えたのは、その顔が昨日とはまるで違う、脱け殻のように見えたからだ。

「……なんだ、お前の方がよほど脱け殻みたいじゃないか」

茶化すように笑うはずたったのに、口はひきつったように歪み眉間の皺を深めたままの格好悪い姿になった。それがかえって笑えたのか、さっきまで何かに怯えるように顔を強張らせていたがふ、と息を吐き笑った。

「お前は知らないだろうが、あの島で一度だけ会ってるんだ。迷子になったお前を家まで送った。可愛かったなぁ、二歳違うだけで弟みたいについてきてさ」
「知ってたよ、あんたのこと」
「…………は」
「おれはあの時、お前にはじめましてなんて言ってねェぜ。お前が勝手にほざいただけだ」
「……は、はは。……それもそうだな!なんだか恥ずかしいと言うか嬉しいというか……うん。まぁ最後にそれが聞けて良かった!」
「何で最後なんだよ」
「お前を少しでも笑わせるっつー俺の野望は、もう果たされたからな。同郷のよしみで、俺のことは忘れないでくれよ」
「待てよ、この島にいりゃあいい。折角会えたんだからまた──……」

また。また二人で組もう、とでも言うつもりだったのだろうか。アデルと再会してからもう、足を洗ったというのに。

「駄目だよ。家族がいるんだから。お前には」
……ん!」

ぐしゃぐしゃとくせのある髪の毛を乱雑にかき混ぜられ、視界を落とした一瞬の隙にまたしても男が目の前からいなくなっていた。船へ飛んだんだ。この距離から。

「全く……相変わらず身軽な男だよ」




押し付けられた巾着袋の底。
『金に困ったら探しに来い』
なんて書かれたビブルカード。死ぬまで見つからない方がいいんだって。会いに来て欲しいなんて、不謹慎だからね。




Back