猿の威を借る

「あっ!お前がポリフェノールだかボラギノールだな」
「おォ~?何言ってるかわからねェが喧嘩なら買うよォ~」
「こわ!なんでだよ!」

海軍将校として正義のコートを羽織ることを許され、改めて正義への誓いを立てた形だけの式を終えた時。
ふとこちらに駆け寄る一人の男が視界に入り、出会って5秒でボルサリーノの気分を害した。

「俺、お前と同期なんだけどさ!有名なフォルクスワーゲンと話す勇気がなくて、肩を並べるように努力したんだ!」
「オォ~……」
「まぁロシアーノならあっさり中将になって、そんでまた大将になっちまうかもな!だから今のうち話しておこうと思ってさ!」

やかましいくらいの身ぶり手振りに加え、頬は紅頬しており、背景に花でも舞ってるんじゃないかというほどの喜びぶりを見ればそこに悪意がないのは分かる。ならばこれだけ呼んで一度も正しい名前が出てこないのはこの男が馬鹿で愚鈍なのか、本当は然程興味を抱いていないかだ。

「……鬱陶しいねェ~」

あえてモーションを大きくしてから、光の速さで腹を蹴りあげる。男は避けることなく路端の石ころよろしく吹っ飛ばされたが、

「うわぁ痛ェ~!俺の鉄塊まるで無意味じゃんウケる~!」

と騒ぐ余裕があるのだからボルサリーノが罪悪感を抱くことはなかった。


   ***

あの時、完膚なきまでに叩きのめしておけばこうも長く付きまとわれることはなかったのだろうが、今更嘆いたところで後の祭りだ。

次の昇級時には一気に中将までは確定だろうと言われもて囃されるボルサリーノの横は、金かコネでか、のし上った腰巾着と揶揄される准尉の特等席だ。
いっそ自分から離れれば腰巾着などという悪口雑言も消えるだろうに。以前それとなく伝えた時はからりと笑って「気にしちゃいない」と返された上に、「だから心配するなって」などと高慢かつ恥辱的勘違いをされたため蹴りをいれてそれっきりだ。
別に側にいろなどと言った事はないしいたいと聞いたこともない。周りの言うとおり自分の昇進のためだとしたらこの縁も今日までだろう。中将にもなれば海軍将校でも上位に位置する。一介の准尉などと共に海に出る事はなくなるだろうから。

「なぁ、俺の話聞いてたか?」
「勿論聞いてるよォ~」
「あぁ嘘だね!ボルサリーノが俺に優しい事を言うときは大抵嘘ついてる時だから!!」
「うるさいねェ海賊より先にお前を沈めようかァ~?」
「ほぅら見ろ!ほぅら見ろ!」

楽しそうに笑うを諌めたのはボルサリーノではなく大きく揺れた軍艦だ。討伐対象となっている海賊船以外にも海軍を目の敵にする船が腐るほどいる。ここが海賊の集るグランドラインである以上当然のことだが。
は海賊旗を見つけては過敏に反応し普段以上にボルサリーノの側にピタリと張り付くのだ。鬱陶しくて肘で牽制しても離れない頑固さに指銃を打ち付けたくなる。

「ヤベェよボルサリーノ!敵艦多すぎね!?」
「うるさいねェ。邪魔だから下がってなよォ」
「頼むぜ!俺は戦えないからお前とサカズキが頼りだ!」
「オォ~、情けねェ事言うねェ」
「気を付けて行けよ!」

あんなにびびってボルサリーノを頼るくせに、いざボルサリーノが敵船に乗り込まんとすると身を乗り出して気を付けろよと叫ぶのだ。
ロギアの身になった今、弱小海賊相手に何を気を付けろと言うのか。もはや返事もしてやらなくなったボルサリーノが小さくなるまで見送って、自身の持ち場である船首へ駆けた。


「やれやれ…あちらさんも随分気合いが入ってるねェ~」

ボルサリーノから見て東北東の位置にある海賊船に乗り込み「海賊を皆殺し」にする同期への言葉か、一時的に徒党を組み襲いかかる減ることのない海賊への言葉か。
とにかく自分には関係ないと熱を入れることもなく黙々と敵を制圧する。
どれだけの数に囲まれ武器を振り下ろされようとも当たらないのだから恐れることはない。事務的に相手の胸や肩に光を飛ばし船を無力化させまた甲板から辺りを見渡す。

「ン~、面倒だねェ」

こちらはボルサリーノと他一名の大佐が指揮する軍艦2隻に対して、海賊船は4隻。少し離れた背後からこちらを伺っている2隻を含めれば6隻だ。
ここは海流の変化が激しく、流れが読みにくい。下手な航海士を連れていればすぐに流されこの海域へ運ばれる、海賊のための排水溝とはよく言ったものだ。だからこそ海軍はここを実地演習の場に使うのだが、この日は想像以上に敵艦隊が多すぎる。

「おやァ」

腕につけていた小型電伝虫がきりりと目を覚まし、淡々とした様子で声を発する。

「救援を呼んだ。四半刻もすれば応援が来るはずだ。それまで戦艦の守りを重視して迎撃。攻撃は2人の大佐に任せ、巻き沿いを食らわないよう援護に徹するように。繰り返す、戦艦の守りを重視、攻撃は援護」

「相変わらずいい指示を出すねェこの男」

本来なら部下への指示は海軍将校であるボルサリーノ大佐の仕事だろうが、人に指示をするより自分が動いた方が早い。それこそ光の早さで片付けてしまうから指図するまでもないのだが、やはり報告書を提出する際には何度か注意を受けた。──にも関わらず直らないボルサリーノの欠点を、直させるより補う方がいいと判断したのか、いつからか司令塔のような男が船に乗っている。真っ先に敵艦隊へ乗り込むボルサリーノはいまだこの『司令塔』の姿を見たことがないのだが、いつだって動じることなく的確な判断で被害を最小限に押さえているのだからよほど冷静な切れ者なのだろうと推測する。

「さっさとこっちを片しちまわねェと~」

殲滅戦よりも防衛戦の方が難しい事を知っている。軍艦が挟み撃ちになり砲撃を浴びればこちらの敗けだ。大佐2人が敵を無力化させようとも失うものは計り知れない。あの『戦えない』知人など真っ先に死ぬだろう。

1隻を完全に無力化させたことを確認して念のため舵を破壊し別の船に乗り移る。
先程の船よりも大きなそれはだいたい海軍の軍艦と同じくらいの大きさで、横目に船の上を走り回る海兵達が伺える。こちらへ駆け寄ってくる一人の海賊はメリケンサックのようなものを両腕にはめボルサリーノめがけて掛けてきた。繰り出される右手を掴み腹を蹴りあげようとした瞬間、電伝虫が耳が痛くなるほどの声をあげた。

───バカッ!ボルサリーノ!!




言われてみれば、電伝虫の声はの声と似ていなくもない。
最も、本人から発せられる声はいつも間抜けたもので、真面目な態度などついぞ見たことがないから気付かなかったのも仕方ない。
そんな言い訳じみたことを考えているのは、自身の体が海の底へと引き摺られ、他に何も打つ手がないからだ。
体内の酸素も出しきって、警報を鳴らすように痛む頭も押し潰すように鼓動を激しくする心臓も悪魔を宿したボルサリーノにはどうすることもできない。

体の機能が停止する直前、何かが迫ってくる気配がしたが、当然確かめる術はなかった。



   ***

「オォ~…すごいねェ」
「それはわっしの真似かァい?」

病室のドアから顔を覗かせた男は相も変わらず口を開けばボルサリーノを苛立たせた。

「まさか!お前さァ!本ッ当に心配したんだからな!?」
「……」
「能力を過信するなってゼファー先生に言われてるんだろ!バーカバーカ!」
「うるせェよォ~病院では静かにしねェとだめだろォ~」

片手で収まる頭を鷲掴み指に力を入れると男は「イデデデ」と悲鳴をあげる。

「……それよりさァ」
「ん?」
「わっしは海に落ちてからの事は何も分からないんだが、あの後どうなったんだァい?」

病院のベッドに空きが多いところを見るとそれほど大きな被害は出なかったようだ。自分の空けた穴は大きいだろうと思っていただけに不思議でならなかった。

「さァなー。ま、無事終わったんだ。安心して寝ろ」

終わったからそれで終了と割りきる准尉と違って大佐であるボルサリーノは上官へ何と言ったらいいのか知る必要があるというのに、サングラスをかけていない目元をそっと押し付け枕へ沈ませる。

「ゆっくり休めよ、ボルサリーノ」
「……うるせェよォ」





医師の許可も下り職場に復帰したその足で迷惑をかけたであろう同僚の元へ向かう。
自分が戦力外となった以上あの海賊達を片付けたのはこの男だけだろうと礼を言いに行ったのだが、目の前の男はなんとも不服そうに紫煙を吐き出しボルサリーノを睨み付けた。

「……おどれんとこの狸がやったんじゃろうが」

はて、自分の部隊に狸なぞいただろうか。言いたい事がわからないが真意をつつきだす程の興味もなかったためそのままにした。


それから、中将になったボルサリーノの横は相変わらずの特等席で、知らぬうちに大佐まで上っている男の姿に、成程お前が狸かと光の速さで腹を蹴りあげたのだった。



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