俺がアンタを必要としてるんじゃなくてアンタが俺を必要としてるんだろ?だからアンタが俺を要らないというならそれまでじゃん。
悲しいね
平然とした顔を真っ直ぐ向けてそう言い残した
はルッチが顔を背けたのを合図に部屋から出ていった。
何が悲しいね、だ。諜報員ともあろうものがあんな口先だけの、見え透いた嘘を残すなど。
喉元を引き裂いてやりたかった。
あの男の言い分ではルッチだけがあれを求めているような言い方で、それは断じてないと否定するべきだったのに声は出なかった。それがまた腹立たしく、八つ当たりをするように壁際の花瓶を叩き割った。
花瓶と同様二つに裂けた花は、あの男が気持ちだと持ってきた名前も分からない一輪の花だった。
***
「ちょっと
。痴話喧嘩に私達を巻き込まないでちょうだい」
セクハラよ、と口癖となった文句を落とされパスタを巻いたままのフォークが止まる。
「痴話喧嘩って何だよ」
「惚けないでよ、ルッチと喧嘩したでしょう」
「あぁあれね」
喧嘩じゃなくてフラれたんだよ。
事も無げに投下された言葉に側で聞き耳を立てていたカクがワインを吹き出しジャブラは椅子から転げ落ちた。どうしたお前ら、と困惑する本人以上に周囲は混乱状態に陥っている。
「よりにもよって『フラれた』だと!?どうせお前がフッたんだ狼牙!」
「盗み聞きは感心しないなァ」
「そもそも喧嘩じゃないんか」
「フラれたんだよ、何度も言わせるなって。泣くぞ、ここで」
詳しく話を聞かせてもらおうと行われたCP9による会見はどんどん白熱し、やってられるかと
が剃で姿を消すまで続けられた。
「……仕方ない。もう一人が口を開いてくれるとは思えんしのォ」
誰もいないはずの扉へ声を発した。
が逃げたのとは逆側の扉に背をつけて隠れる男の存在に、触らぬ神に祟りなしと退場したカリファ達と違い、カクは意気揚々と殺気を振り撒くルッチの元へ歩み寄る。
「なんじゃ、さっきまで鋭く睨んどったくせに今更知らんぷりか?」
「…………」
「おぉ怖い怖い」
真っ向から殺し合いになれば痛い目を見るのはカクだと言い切れる程、人間兵器と呼ばれるロブ・ルッチは完璧な強者である。しかし、完璧だからこそ、痴情のもつれなんぞに感情を揺さぶられ八つ当たりをすることを許さないとカクは知っていた。
それを見越した上でこうして首を挟んでくるのだから腹立たしい。これ以上煽られるのを避けるようにルッチは自室へと戻っていった。
「…………」
腸が煮えくり返るとはまさに今のことをいうのだろう。誰にもぶつける事のない怒りの原因は間違いなくあの男にあるのに、解消法が一向に見つからない。あの日の明け方、突然切り出された言葉の意味が、真意が分からずに翻弄されている。
こうやってあの男に振り回されるのは今に始まったことではなかった。
一人じゃ心許ないと任務帰りのルッチが男のサポートとしてすぐ外へ駆り出された時や、興奮して収まらない熱を吐き出させてやると恩着せがましく自室に引き込んだくせに、気付いたら自分が下になって喉を痛めるまで喘がされていた事。───そしてその関係が今の今まで途切れることなく、けれど細々と続いているわけだが───
部屋のあちこちに男の置き忘れていったガラクタや押し付けられた品物が置き去りにされ内装が乱れている事。
これだけ好き勝手をしておきながらいまだにあれが殺されていないのは、つまり『そう』いうことなのに、何故『フラれた』などと宣うのか。
誰も入れるなと命じた部屋はルッチが暴れた惨状のままで、あの男が見れば「俺の部屋より汚ぇ」などとほざくだろうかと浮かべては、またしても頭の中に滑り込んできたあれに苛立ちが募る。
最初はただの肉体だけの関係だとしか思っていなかったのに、全く面倒なものと関わってしまった。
「…………」
ふと、閉じたカーテンの隙間から遠慮げに差し込む光が、白い何かを照らしているのに目がいった。
白い何か、はつい最近
がルッチに送った白く小さな花弁が折り重なった花だ。
───そういえば、これを寄越された時あいつは何と言っていたか。
ルッチの爪で両断され茎の短くなった花を持って、廊下にいる給仕の女に質問をする。返ってきた答えを聞いたルッチが、
を襲いに行くまであと少し。
白のゼラニウム
「私は貴方の愛を信じない」
「『これ、俺の気持ち』って言って白のゼラニウムを送ったんだ」
「……バカね」
「アイツの口から愛の言葉を囁かれるのを待つ方がよっぽどバカだろう」
「それで?」
「その場で握りつぶしてくれたりしたら大歓喜だったんだけど、一瞥してそれで終わり」
無理矢理花瓶に差して部屋の隅に置いてきたがおそらくそれすら知らないだろう。手元の本しか見ていなかったから。
「私がバカと言ったのは、彼が花言葉を知ってると思ってるところよ」
「なるほど。ところでカリファ」
「えぇ、さっさと行きなさい」
「そうするよ」
背後からのものすごい殺気は考えるまでもなくある男のものだ。どういうわけで自分に向けられているのか分からないが、カリファを巻き込まないためにも、
は必死に人気の無い広い場所を思い巡らせた。
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