強い能力には強い副作用が伴うと言うのなら、センゴク元帥やサカズキ大将がいまだにご健在なのが癪である。
心の内では本人に知られたら即ぶっ殺されそうな八つ当たりを吐いていても、実際口から吐き出されるのは胃液しかない。演習を終え船乗り場の隅でゲロゲロしていた俺はこの時よほど参っていたのだろう。
「ちょっと、大丈夫?ヒナ心配」
人間、心が弱るとちょっとした優しさにコロリと落ちるものだ。そう、俗に言う吊り橋効果と言うやつだ。
「ありがとう、結婚しよ」
だから、合同討伐で一緒になっただけの大佐にとんでもない事を口走るのも、仕方のないことなのだ。
***
「あー……そうだな。よく殺されなかったな」
「いや、たまたまフルボディって奴が見てくれてたから助かったけど、下手したら溺れ死んでたぜ。マジで良いことねェよ悪魔の実」
「あー、死ななくて良かったな」
「本当だよな。俺が死んだらヒナ大佐が海兵殺しの罪でしょっ引かれるとこだった」
「そっちか……」
モクモクした一期下の友人はいつも以上に葉巻をモクモクさせててる。きっと俺が鬼電伝虫して呼びつけたから不機嫌なんだろう。怒りを宥めるようにグラスに酒を注いでやるとそれを機械的に飲み込んでまたため息をついた。ぶわぁと広がる煙に俺はげっほげっほだ。
「奢らされる上に受動喫煙で噎せてる俺可哀想じゃん……」
「お前が話を聞いてくれって呼び出したんだろうが。それにこういう場は大抵上が払うもんだろ、センパイ」
「こういう時だけ後輩面かよ~~!」
嫌がるポーズを取りながらも俺がこいつと飲むのが好きだということはスモーカーもよく分かっているから質が悪い。俺の同期のほとんどが海軍から籍を外してしまっている今、後輩ながら同じ階級で気兼ねなく接してくれるスモーカーの存在は大きいのだ。むしろこいつしか友達いない。
「まァそんなスモーカーもどんどん上っていくんだろうけどさァ」
「何の話だ」
「階級あがってもこうやって一緒に飲んでねぇって話」
「くだらねェ。お前も上を目指せばいいだろ」
「うぅん。これ以上部下が増えたらちょっと守りきれないや」
「ハァ……。さすが『鬼の仏』様だ」
「何、その矛盾たっぷりな二つ名。え?それもしかして俺のこと?」
二人しかいないのだからスモーカーの言うそれは俺なのだろうが、鬼と呼ぶには強くもないし仏と呼ばれるほど秀でた人間ではないというのが自己評価だ。酔ってんのかコイツ。俺がわんこそばよろしく酒を注いだから。加害者になりたくないので俺の前にあるグラスを一気に呷った。こういうのは一緒に酔っちまった方がいい。
「それより、本当にヒナから声をかけたのか?」
「いいなァ名前呼び。俺も『ヒナ』って呼びたぁい」
「俺が質問してんだ」
「あ?あぁそうだよ。俺がいつも通りゲロってたら『大丈夫か』って。天使かと思ったね。正義のコート羽織らされてから誰かに心配されることもなかったし、そのせいかなァと思ってたんだけど、あれからヒナ大佐のことばっか考えるしあん時差し出してくれたハンカチ、洗ったからと言って返せるもんじゃねェから新しく買ったんだよ。俺的ヒナ大佐に似合いそうなブランドのやつ。でもさァあの人の回りにいる二人組に阻まれてなかなかご尊顔を拝めなくてな。本当は直接渡したかったんだけどあんまり時間経ってから渡すのもあれじゃん?『え、今更何?キモ』とか思われたら死ぬから。絶っっっ対渡してくれよ、って念押してジャンゴとやらに頼んだんだ。まぁ男と男の約束だから守ってくれてると思うけど。あぁ~ヒナ大佐に会いたいなァ~スモーカー取り計らってくれよォ」
「そうか」
そうか!そうか!?俺のこの語りに語った彼女への愛を三文字で片付けやがった!なんて冷徹!薄情!友人の恋路を応援するポーズすら見せてくれないなんて!
心の内で罵ったはずがいくらか声に出てしまったらしい。心底うんざりと言った顔を全面に出したスモーカーが俺がキープしていたワインを空けてぐいと飲み干した。そんな水みたいな飲み方はないぜ。
「おい、おい
、電伝虫から信号が来てるぞ」
「んあ?……あ、ほんとだ」
賑やかしい店内では聞きづらい声をなんとか拾って受話器を置いた。
「悪いスモーカー、俺の部下の容態が急変したらしくて……」
「あァ。さっさと行け」
「すまん」
何だかんだ言っても俺が飲んだ分以上の金銭は受け取らないのはいつもの事なので、今日は先手を打ってマスターに金を渡し会計を済ませる。横から少しだけ慌てたような声が聞こえたが無視だ。大事な部下が待ってるからな!
慌てて店内を出だ俺は、店に残ったスモーカーが誰かに向けて「趣味の悪い女だ」と言っていたのには気付けなかったのだ。
恋は突然なので!
「あァ!?これは演習じゃねェんだよッ!艦に閉じ籠もったままでどうやって海賊を討伐すんだッ!」
聞きなれないざらついた声が砲弾の音に負けないくらいに船に響き、否が応にもその声はヒナの耳にも入ってくる。
「ハァ!?『大佐の身を守る』だァ!?馬鹿言え!テメェらみてェな雑魚に守られるような奴が海軍将校まで上れるわけねェだろ!女だからってのはただの侮辱だカス!」
人の部下だろうとお構いなしに拳骨をかました男は、遠くからの悲鳴を聞きすぐにコートを翻し姿を消した。男が消えたのと同時にサーベルが脇腹に刺さったままの海兵が船に現れ、慌てた様子で医療班の人々に運ばれた。
姿を消した男と言えば将校のみ羽織ることを許されたコートが焦げるのも気にせず敵艦隊と軍艦を行き来している。さっきまで男のいた場所には怪我を負った海兵が現れるのを見る限り、どうやら自身と相手の位置をワープさせているらしい。自分から部下を敵船へ蹴り込みながら誰一人死なせまいと人一倍動く姿に、以前誰かが言っていた『鬼の仏』と揶揄される大佐の話を思い出した。
「……いつまで突っ立ってるの。怪我人の応急処置、及び敵船に乗り込み鎮圧よ。さっさとしなさい。ヒナ憤慨」
味方には激しく叱咤し、敵は情け容赦なく切り刻む男が船着き場で背中を丸めてえずく姿に庇護欲に駆られたことは、誰にも言わないと赤い唇をきゅっと結んだ。
Back