周回した後ワンと鳴く



『…………ダグラス?』
か。お前も────』




「……っ」

遠い昔の夢から目が覚めた時、バレッドはいまだ地面に背をつけたまま鳴り止まない砲撃音を聞いていた。人間は、その声から忘れていくという。バレットもその例にもれず、いつまでも脳裏にこびりついた記憶の亡霊も声まではよく思い出せなかった。

不愉快な夢を見たと舌打ちをするが、自分の意思に反してうろ覚えの記憶が勝手に甦る。これが走馬灯というならぜひとも御免被りたい。それくらい些細な、なんてことのない相手との記憶。


   ---

「まっ……待てってダグラス!」
「ついてくるな」
「なぁ、急にどうしたんだよ!上官殺しなんて…!」
「ハメやがった」
「……は?」
「お前もか?」

は何も答えず動かない。ぶわりと流れる汗を見たブラットに首を締め上げ地面に叩きつけられても、は呻き声をあげるだけで抵抗も受け身も、何も動かなかった。

「カハハハ、殺される覚悟はできてたか」
「……俺、知ってたんだ。上官が何か企んでた事。でもそれがお前に対する物だとは知らなかった。本当だ」
「今更命乞いか」

ぐっ、と首を絞める手に力を込める。命乞いをしたくせに絞められた気道をどうにかしようともしない。生理的な涙を浮かべてバレットを見据えた。

「…………」
「ケホッ!ダグ……ッ……ダグラス待て!」
「………………」
「俺も連れてってくれよ」
「正気か?手前を裏切った人間をおれが連れて行くとでも思ってんのか」

くたりとへたりこむを一瞥してすぐに顔を背けたのは、短い間とはいえ共に殺戮を楽しんでいた共犯者のすがるような姿を見たくないからだ。

「裏切っては、ない。上官のターゲットがお前だと知ってたら俺が、上官を殺してた。でも、うん。言葉ならいくらでも、取り繕えるもんな」

歯切れが悪いのは口に布を咥えているから。左手と口を器用に使って右腕にきつく巻き付けた布は、バレットが何をしているのか問う前に真っ赤に染まった。

「~~~ッ!!…………ほ、……ほら。右手がなけりゃ引き金も刃物も持てない。俺は絶対にお前を攻撃しないって、分かってもらえた?」
「…………、残念だったな。おれは仲間なんざいらねェんだ」
「なら部下でいいよ。バレット隊長」
「……」
「あァ。バレット船長かな?」

血の滴る右腕を握りしめて、脂汗をにじませた顔は似つかわしくない笑みを浮かべバレットを見上げていた。


   ***

「ロジャー海賊団に入るなら、俺はここで降りるよ」
「ア゛?」

まるでお守りの役目を終えたとでも言うように清々しい顔をして言ったのだ。あの男は。それが腹立たしかった。面倒を見てやったのはこっちだぞ、散々世話してやってそれを───

「……そうか」

それを、仇で返すのか、と?
自分から離れていくことを“仇”だと言うのだろうか。仲間などいらない一人でいいはずなのに。

「好きにしろ。おれには関係ない」

出かけた言葉を飲み込んで突き放した。はただ申し訳なさそうに笑って、バレットの幸せを祈り姿を消してしまった。

「止めなくていいのか?お前の嫁さんだろう」
「あ゛あ?」
「おや、すまん。お前が嫁の方だったな」
「よほど死にてぇらしい…ッ!」

レイリーと一悶着あって、ロジャーに沈められて。そうこうしている間にを乗せた小舟はもう見えなくなっていた。海王類にでも食われて死んでしまったに違いない。


   ---

「海軍が近付いてるんだからさっさと起きて動いたらどうだ?」

白い制服がこちらに向かっていることなど分かっていたが、先手を打ち損なったのはもう体が限界だったからか、それとも一瞬軍帽の下に見えた顔に動揺してしまったからか。

「…………亡霊が」
「あぁこれ?治験体として自身の身体を提供する代わりに顔をいじってもらったんだ」

お前と別れた時のままだろうと笑い方まであの頃のまま、身を包む服だけが変わった男に手を差し伸ばされる。海楼石の錠は、……持っていないらしい。

「インペルダウンまでいく手間が省けたなぁ。さ、歩けるか?」
「……知人に化けるとは、海軍もなかなか小賢しい手を使う」
「えぇ?」
「あれはとっくの昔に死んだ。仮に生きてたとしても、もうおれとの縁を切っている」

虚勢を張るように喋り続けるがかえって衰弱しているのが明け透けだ。見下した面で笑って止めを刺すのだろうと思いきや、先程から連絡を待機している携帯用電伝虫を海へ放り、右手にはめていた黒の軍手を外した。

「偽物呼ばわりは悲しいが、俺の右手がないこと覚えててくれたんだ」
「義手……」
「それに俺はお前との縁を切った覚えはないよ」
「……」
「お前の部下だから、俺は。だからロジャーの船には乗らなかった」
「カハハ……部下ね」
「やっぱ右手落とさないと信じない?」

側にあった岩を左手に持って力強く右手の役割を担う機械を殴るが、さすがベガパンク、そう易々とは壊れない。

「仕方ない……」
「もういい。おれの役に立ちたいならその鈍器はつけておけ」
「ハハ、ひどいなぁこれ銃弾装填できるんだぜ」
「……ここを出る策はあるんだろうなァ。
「!……あぁ。勿論。バレットの協力を前提にだけれど」
「ならいい。来い、
「了解。バレット船長」




「ここまでおれに尽くすお前の狙いはなんだ」
「狙い?贖罪と愛だけで動いちゃだめなのか?」
「あァ全く。救いようのねェバカは一人いりゃあ十分だ」



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