施錠する心

ドフラミンゴがこの男と出会ってから、心臓は高鳴る機会が増えた。

……といえばまるで恋する青春マンガのようだが、その実そんな甘いものではない。

確かに初めてその男を見た時に感じた思いは、純粋なときめきのようなものだったかもしれない。国の王として街を視察に出向いた時にみかけた青年はと言うらしい。家族経営のカフェでウェイターとして働いている姿に目を引かれた。客へと向けた自然な笑みが、優し気な瞳が遠い記憶の端にいまだ残る母の影を見たのかもしれない。
次に抱いたのは独占欲だ。あの笑顔を自分に向けたい自分だけに向いていればいい。そう思ってからの行動は早かった。シュガーに命令し家族を『おもちゃ』にした。突然一人きりになった青年の下へ出向き給仕として雇ってやると契約書を差し出した。言われるがまま住み込みで働くこととなったに部屋を与え、屋敷の中に囲った。
これでこいつは自分の物だと口の端を釣り上げたが、そんなドフラミンゴに向けられたのは表情の読めない空っぽの顔だった。

「王様、俺の家族を知りませんか?」

思いがけない発言に自身の顔から笑みが消えた。その変化を鋭く察知して、ため息をついた男は責めるような冷たい口調でこう言った。
貴方が来た時には、俺はもう家の中を歩き回った後でした。早朝に目が覚めたのは体に沁みこんだものですから。俺はいつも通りカフェの支度をしに一階へ下りましたが、そこには人影はなくおれ1人でした。ふと、疑問が浮かんだのです。料理もできない俺は今までどうやってカフェを営んできたのか。二階へ戻ると何故かマグカップは3つありました。一つは俺のです。じゃあ他の二つは?夫婦茶碗もありました。俺には相手なんていないのに。自室には日記があります。過去の俺の文字がこの違和感の答えを教えてくれました。もう一度聞きます。

「俺の家族を知りませんか」

先ほどとは違う、確信を持った言葉に息が詰まり心臓が大きく跳ねる。
あり得ない。『おもちゃ』になった人間に関する記憶は全て消え、誰も怪しむことなどないはずなのに、怪しまないようにできているはずなのだ。それがこうもあっさり訝しまれては。
疑問が伝染してしまう。

「……今の発言で、お前はもう俺の許可なくこの城を出ることを禁じられた」
「答えになってない…、いや、それが答えなんですね」

あの時カフェで見た笑顔は幻だったのだろうか。そこにある顔は冷たい、見上げているのに見下すような冷徹な仮面だった。


   ***

今日の予定は」
「はい。海軍から七武海への招集の通知が来ています。その他の雑務はトレーボル様とヴァイオレット様が引き受けるとの事です」
「フッフッフ、それは暗に海軍の招集に応じろって意味か?」
「さぁ」

ベビー5が目撃すれば一瞬で青ざめ、グラディウスに見つかれば即裁かれそうな冷たい態度はがこの城の給仕として軟禁された時から一度も崩れたことはない。どれだけ気分を盛り上げて笑ったってこの冷たい表情を目の当たりにすればつい口角が下がってしまうのは、あの日見た暖かい素顔を知ってしまったからだ。あの笑みに惚れて引き抜いたと言うのに。ドフラミンゴはいまだ見せない笑顔を引き出そうとあれこれ手を焼いている。

「もう面倒だ、いっそ手足を落としてでも無理矢理笑わせるか?頬を引き裂いて常に笑わせるのもいいな、どうだ!」
「……痛いのは嫌ですね」
「なら笑ってみたらどうだ、何も難しい事じゃねェだろう?」

殺気を振り撒いて脅しながら近付いても青年は顔をあげることもせず真っ直ぐドフラミンゴの体を透かしたように遠く向こうを見つめている。視線すら合わされず苛立って部屋の窓を糸で砕く。それにすら瞬き一つの動揺を見せないのだ。


「海軍に参加の意を表明しますか」
「フッフッフ、まァ他にやることがねェんじゃしょうがねぇ。お前も来るだろ?」
「命令と言われれば」

愛想笑いさえ浮かべないのだからあの日ドフラミンゴが心奪われるように惹かれたあの男とは別人のようだが、『消えた家族』の事を怪しんでいる以上手放せなくなっている。

「……」

部屋の隅に置かれた伝電虫を手に取るとそれはすぐ海軍に繋がり、は口角を上げて会議への参加を告げた。

「えぇ、七武海ドフラミンゴは会議へ参加致します。迎えですか?あぁ、すみません。助かります。はい、では」
「…………」

声だけでなく表情も模倣する伝電虫は海の向こうでの顔を真似た優しい笑みを浮かべているのだろう。そう考えると、虫酸が走る思いがした。

「……!」

が受話器を置いた途端、餌を前にした猛禽類の様に糸を伝い押し倒す。

「…………」
「……俺がほしいなら手足千切るなり無理矢理犯せばいい。体だけなら手に入りますよ」
「…………『心は一生物にならねぇ』がな」



笑うから、欲しくなるのに。
それでも僅かに残された希望を自ら犯して消してしまうことができないなんて、一国の王が聞いて呆れる。



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