ヴエァッ!?
何だ、誰だ、突然背後から襟を引っ張るいう不届きものは、俺が手ずから海のもずくにしてやろう……て、なんだキラーか、どうしたんだ?
え?『海のもずくじゃなくて藻屑だろう』って?
……違うのか。
じゃあなんだ?
何て言ってるんだ?
……やっぱり駄目かぁ。お前は。
ごめんな、実は俺先週くらいから耳鳴りが止まないんだ。
でも大丈夫!キッド海賊団とはもう長い付き合いだから口の動きで何言ってるかだいたい分かる。まだ誰にも気付かれてないはずだ。だからさァ、頼むよキラー。キッド達には言わないでくれ、まだ船を降りたくないんだ。
……。
…………。
………………。
なァんてな。冗談だよ。
さっきみたいに死角から襲われちゃたまらないもんな。うん、引き際ぐらい弁えてるさ。誰か一人にバレたらそれまでって決めてたから。
悪いなキラー。お前顔が見えないから何言ってるのか全然聞こえねぇよ。
怒ってんのか?そりゃそうか、今までずっと黙ってたんだしな。ほんと、この間の海戦とかどうしようかと思ったけど、足引っ張らなくて良かったぜ。まぁあれが切っ掛けでそう長くは乗ってられねぇて気付けたわけだけどよ。
悪いな、喋り通しで。なんか黙っちゃうとさぁ耳元がキーキーピーピー煩くてな?ついでに弱気な事を言うとなんかこれすげぇ怖ぇな。回りの音聞こえねぇのって。みんな普通に喋ってんのに俺にはピーピーキーキーでよ。まぁそのうち慣れてくんのかもな。
だからな、キラー。そんなに肩震わせて怒鳴っても俺には聞こえないんだって───おぉおぉ待て待て。マスクは外すなよ大事なアイデンティティーだろ!って力強ォッ!
ん?俺の手なんか握ってどうしたんだ?あぁあ~確かに素顔ならこうして口元を触ってれば口の動きで何言ってるか分かるのになァ。いやだから取らなくていいってば。俺なんかのために大事なキャラ捨てる気かよ、ウケる。
いやぁまさか最後の最後でこうしてキラーと対面することになるとはなぁ。ほら、副船長と下っぱクルーじゃそんなに接点もないだろ?まぁ古い付き合いだからこうして気軽に喋ってはいるが、ここ最近まともに話してなかったから嬉しいよ。うん、最後がお前で良かった。
ありがとな、キラー!
俺たちの難関見聞
何がありがとうだ。もう何度も舌打ちをしているのに目の前のこいつには聞こえないらしい。やたらと張った声で喋り倒しては俺の言葉など聞きやしない。
気付いていた。十日ほど前に海軍とやり合った時だ。真っ先に敵艦隊に乗り込んだ
は、俺たちの船に照準が合わせられた砲台へ近付き撃ち込ませまいと奮闘していた。それからだ。不自然なまでに相手の顔を見て話をするようになったのは。あいつが俺を避けるようになったのは。
男のくせに寂しがりやでいつも人の輪の中にいたがるこいつがここ最近は少し離れた所から笑っているだけだなんて不自然過ぎる。よくもバレないなどと言えたものだ。
『耳栓もせず間近で迫撃音を聞けば耳もやられて当然だ、と』
『でェ?医者は治ると言ったのか』
『一週間は長すぎると。どういう風に聞こえないのかは分からないが、鼓膜が破れたって音は聞こえるらしいがあいつはそうじゃないだろう』
『だよなァ』
『キッド。どうするんだ』
『ふん、どうでもいいな。聾一人いたところでどうってことねェ』
『……』
「キッドだってお前の耳が聞こえてないことは分かってる。それでも捨てようとは言わなかった。なのに何故お前が離れようとするんだ!」
「そういえばこんなに近くでキラーの顔見たの船に乗ってからは初めてじゃないか?手を離してくれよ」
「強がって笑ってるのなら止めろ『まだ船を降りたくない』と言ったのはお前だぞ、今更どこに行くってんだ」
俺が何を言っても聞こえていないからヘラヘラとした笑みが剥がれない。ならばと手にしたマスクも取るなと止められては成す術がない。
まるで別次元にいるようだ。
「……何が最後だ」
「どうしたんだ、キラー」
力の抜けた俺に何を思ったのかゆっくりと髪を撫でられる。こうした触れあいこそいつぶりだろうか。さっきお前が言った通り昔はただの友人としてもう少し気さくに話せていた気がする。俺たちがあの頃のままだったら、お前はすぐに相談してくれたんだろうか。
「もしかして、万が一、あり得ねぇけどひょっとしたらキラー、お前泣いてんの?」
「誰が泣くか」
「そんなわけねェか!あっはっは!」
無理して笑う顔が痛々しくて見てられないな。腕を握る手に力が入る。
「キラー?どこ行くんだ?」
「船に決まってるだろ。他に帰るところなどない」
「俺ビビりだから船を降りるならこっそりがいい。キッドに出ていけなんて言われたら流石に立ち直れねェもん」
船医や船員を脅すようにして手掛かりを探させているキッドが出ていけと言うとは到底思えないが、教えてやらん。
一人で決めて消えようとしたお前への罰だ。
「なぁキラー。やっぱお前さえ黙ってくれてたらまだ行けるよな。やっぱ降りたくねぇなぁ俺」
「そうか」
お前の耳が治ったら今日のこの怒りを存分にぶつけてやる。
俺の誓いが果たされたのは、それから三日後の事だった。
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