責任を持ちましょう
「お兄さん、疲れてるならどう?」

わざとらしく肩を露出した服、艶かしく光る唇、細い足首は絶妙に露出され、溢れる色気に目を背けたくなる程だ。

「ンマー、それは俺に言ってるの?」
「セクハラですね」
「セクハラだな」

目障りですね消しましょうか、とカリファが片足をあげヒールの裏を向けたが、いやいやいきなり暴力に訴えるのはよくないだろうと子供を叱るように諭し下ろさせた。

「ンマー、俺も一応市長だし、娼婦を見て放っておくわけにはいかないか……」
「取り敢えず警察に連絡をいれます」

二人のやり取りを他人事のように眺めたその人物は、艶やかな口を少し尖らせ、丸い目をさらに丸くしんー?と声を出した。

「あんた市長なの?てっきり俺を探しに来た客かと」
「あ゛?」
「……よく見たら、男ですね。この人間」
「俺、あんたみたいな疲れた顔の人にはよく買ってもらえるんだよね。俺に抱かれたいって人多くて」
「……しかもそっちか」

絶句とはまさにこの事。ふしだらな娼婦はまさかの男で、しかもタチ専だとは。
───正直カリファの口から『タチ専』なんて専門用語を知らされたくはなかったが───
そうと分かればなおのこと放ってはおけなかった。そもそもこのウォーターセブンにこのような人種が、それも彼の言葉を鵜呑みにするならそれなりの規模で成り立っているなど今日という今日まで知りもしなかった。また仕事が増えたと頭を抱えるアイスバーグに男はやっぱ疲れてんの?と覗きこむ。触られるのかと思って一歩後ろに下がると、行為の意図を察したのか男は笑ってごめんと軽い謝罪を述べた。


   ***

取り敢えず保護という形になった男はその体格に合わない大きめの衣類以外は何も持ち合わせはいなかった。

「捨てられたんだよねェ。俺自分が誰のものとかよく分からないから、お金くれたり、必要する人には誰にでもするし」
「……」
「あぁでも大丈夫。この間お金貸した人がもうすぐ返してくれるだろうし」
「ンマー、それ、いつ返すって?」
「えーいつだろ。先月の上旬?くらい?に貸したから……、…そういえば『すぐ返す』のすぐってどのくらい何だろうな」
「……ハァァ………」

これで何度目のため息か。この男は想像以上に生活力のない男だった。留置場に入れるべきだろうが、本人に自身の行いに対し故意も悪意もなく、危険性もない男を収用するほどの空きはないとのことで送り返され、ガレーラカンパニーで預かることになったのだ。

「体疲れてんの?やっぱ俺が抱いてやろうか?」
「結構。ンマーそもそも抱く側ならともかく抱かれて疲れがとれるわけが…いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」

何のことだと首を傾げる男を見ぬふりして事務仕事に勤しむ。カリファを使いに出した今この執務室にはアイスバーグとの二人きりだ。することがないのか、じぃとこちらを見つめている男に若干……いや、かなり貞操の危機を感じて冷や汗が流れる。

「ンマー…ここにいても暇だろうから外を歩いてこい」

引き出しから取り出した腕章はカンパニー関係者が身内だと気付くためのものだ。これさえ持たせとけば一人で出歩かせても問題ないだろう。

「これ何?どうするの?」
「腕につけろ。目印だ」
「目印?」
「“お前が俺の知り合い”って分かるように」
「へー」

しげしげとを眺めては目を輝かせているが、そんなに珍しいのだろうか。そりゃあ職もない一文無しだったから腕章をつける機会などなかっただろうが。

「嬉しい。ありがとうな」
「ンマー、無くすなよ」

絶っ対無くさない!腕に回した腕章を一撫でして部屋を出ていった。これで静かに仕事ができるとアイスバーグがため息をついたのも知らずに。




大工職人の集うカンパニーは昼間の騒がしさも相まって夜は静かだ。だからこそこの時間の物音は目立つ。

「何してるんだ」
「雨が降ってきたから、せめて軒下を借りようと思って」
「ハァ…」

昼間嬉々として執務室を出た男は夜遅く濡れ鼠になって戻ってきた。

「ンマー飯の時間には戻らねぇしこんな遅くに戻ってきたと思えばびしょ濡れだしよ」
「へへ、そういえばいつ戻っていいか聞かなかったなぁと思って」
「……俺が追い出したような言い方をするな」

胸ポケットのティラノサウルスも呆れたように鳴いた。

「まずは風呂入ってこい。飯はその後だ」
「いいの?」
「ここでのたれ死なれちゃ困るしな」
「ありがとー、お兄さん」
「アイスバーグだ。それとお兄さんなんて歳じゃねえ」
「そう?まだまだ若いよ?」
「うるせぇ」


   ***

どんな異物もしばらく置いておけば違和感などなくなるものだ。

「アイスバーグ」

そうやって名前を呼び後ろからついてくる頭痛の種に懐柔されたわけではないが、少なくとも他人とは呼べない間柄になっていた。

「なんだ」
「明日パウリーがヤガ……ヤガラ?に乗せてやるって言うんだけど行ってもいいかな」
「ンマー、良かったじゃねぇか。そもそもパウリー相手ならいちいち俺に報告せんでも…」
「でもほら、アイスバーグには全部報告しとがないとさぁ落ち着かなくて」
「ンマー……好きにしなさいよ」

顔を背けそれだけ呟くと彼は満足げに笑う。世間知らずの男だが、この人好きする笑顔に周りが放っておかなかったのだろう。現にアイスバーグも、出会ったときの腕押しされる暖簾のようなより素直に感情を顔に出す今の方がよほどいいと思っているのだ。

「この後の仕事は?」
「ない。もう疲れたから全部断った」
「じゃあ夕飯一緒に食べれんねー」
「そうはしゃぐな子供じゃあるまいし」
「だって嬉しいんだもーん」

言って大人しくなるような男じゃないから、呆れた風にため息をつきながら頭の中ではカリファに頼んで食後にフルーツでも用意してもらおうか考えていた。つまりそれくらいには気分がよかったのだが、前を歩いてくる職員達と話をするの声を聞いた途端その心も冷めてしまった。

「みんなおつかれぇ」
「おぉ居候」
「ほんと、こっちはヘトヘトだぜ」
「えぇー抱いたげよっか?」
「ハッハッハッ!相変わらずやらしい言い方しやがる!」

それだけの会話をして、後は横に立つアイスバーグに会釈をしてすれ違った。
気分を害したのは職員が社長である自分に挨拶するより先にに話しかけたとか、そんなことではない。そんな些細なこと、気にも止めない。

「ンマー、お前今でもそうやって身体を売ってるのか」
「ん?必要だと言われれば、まぁ」
「…………」
「アイスバーグ?」
「触るな」

近寄った足がぴたりと止まる。

「不衛生極まりない。うちの会社にそういうのを持ち込むな」

傷つけるために選んだ言葉を、目を見て言う勇気はなかった。己の最低な行為に嫌悪しながら、吐き捨てた言葉を訂正することなく前へと進んでいく。


「もちろん。分かってるよ」

へらり、静かに笑うその顔も声も、どんどん前を行くアイスバーグには届かなかった。





   ***

「俺はただの放蕩野郎だから、答えたくなければ黙ってていいんだけど」
「……」

本社の火は鎮火した。動ける社員達は皆パウリーの指示により麦わら海賊団に力を貸すため町へ出ていったため、この庭で一人痛みに堪えているアイスバーグの他には誰もいないはずだった。

「カリファ達にやられたの?」
「……!?」

顔に出てるよなんてにっこりしたものの、アイスバーグの痛ましい姿に今度は泣きそうに顔を歪めるのだから随分感情を表にだすようになったものだ。

「嫌なこと、いっぱい起きたよな。本当はもう何も嫌な思いなんかしてほしくないんだけど、ごめんな……」

アイスバーグに負けず劣らずの覚束無い足取りで目の前に膝をつき、申し訳なさそうに眉を下げた。

「……何をする気だ」
「アイスバーグ、俺に触られるの嫌がってたもんな」

そう言うとおもむろに両手を広げ壊れ物を扱うようなゆったりとした手つきで腕を回される。

「……!おい、離せ」

振りほどこうと腕に力を込めるが、先程受けた銃創に響き呻き声を発するだけだ。

「んう……ッ」
「痛いよな、そんなのいらないよな」
「離せよ、!今はこんなことしてる場合じゃねェだろ…!」
「もうちょっとだけ」

縋るように頬をすりつける男が何の目的でこんなことをしているのか皆目検討もつかないが、体に力が入らない今無理に振りほどくことはできなかった。そう、怪我さえしてなければ───


「…………ん?」

さっきまで左腕が強く主張していた焼けるような痛みがなくなっている。カクに捻られた腕も痺れていないし、腹に開いた穴も嘘みたいに主張がない。

「どういうことだ? 」

触れてみれば確かに血は指につくし腹にも傷はある。
ただ痛みだけがないのだ。麻酔が体に行き渡ったかのように。

「…………ふっ、……」

目の前から聞こえる苦しげな声に顔をあげる。──が、もう男はいつもどおりのへらりとした笑みを浮かべていた。

「もう大丈夫だな。でも無理するなよ」
「何をした、
「さようなら」

人好きする笑顔が、少しだけ崩れた。その表情を隠すように視界は暗くなり、触れるだけのキスを残すと、ゆっくりと立ち上がり去っていった。
追うべきだ。
頭はそう叫んでいるのにいまだ状況が飲み込めず座り込んだまま覚束無い足取りで遠ざかっていく小さな背中を見送った。






ルフィたちが乗るであろうロケットマンを修理し、その後まっすぐ帰路につかなかったのは男を探したから。


「初めて会ったのもここだな」
「あれ…?また、疲れたのぉ?」

意識しなければすぐ忘れてしまうよくある通路だ。探しだすのに苦労した。あちこち歩き回ったせいでまた血が流れてきて足元がふわふわする。軽度の貧血症状だ。

「アイスバーグ」
「……」

ふらつく背を支えたの左肩はぶらりと下がったまま。血も傷口もないが、その箇所に痛みがあるのは触ろうとした時に揺れる肩を見ればわかる。

「……お前が、俺の痛みを取ったんだな」
「うん」

さっき抱いたでしょ。
さらりと口からこぼれた言葉につい苦笑する。

「ンマー、紛らわしい言い方をするんじゃねェ」

さっさと戻るぞ、無理矢理右肩を借りてしまえば男は逆らわず横に並んだ。
「出ていけって言わないんだ」。ほっとしたように、小さく呟かれ言葉を今は聞かなかったことにした。



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