お忍び遊ばせ
「スモーカー大佐!君見ませんでしたか!?」
「ここだよたしぎちゃん」
「きゃああ!」

たしぎが散々探し回り、降参とばかりにスモーカーに伺いに行ったタイミングでさもつけてましたと言わんばかりに通気孔からひょっこり顔を出した男。
それがと呼ばれる監察官の准将らしい。
らしいというのも直属の上司である青雉以外、誰も彼の年齢や地位を知らないため、見た目年齢と彼の自己申告を受けたしぎは君と呼んでいる。

君!ずっと探してたんですよ!」
「あらら、ごめんね。だって俺が出ようとしたタイミングでたしぎちゃんがドジるから、気まずくてぇ……」
「な…っどこからつけていたんですか!?」

一人書類を捌いていた静かな部屋は突然の来訪者達によって一気に喧しくなってしまった。しばらくは無視を決め込み手元の書類に手荒に判を押していたが、ついにはうるせェと声を荒げた。彼も短気なのである。

「うふふー怒られたでござる」

ニンニン、と彼の口癖である変な鳴き声をあげて通気孔の蓋は閉じられた。

「あぁちょっと君!まだ話が」
「あいつへの用とはこの書類のことか」
「え?」

スモーカーの机の端、小さく折り畳まれた先程までなかったはずの紙切れをたしぎへ放る。なんとか落とさずキャッチした紙を、今度は千切らないように広げるとそこには確かに今日が提出期限の予算報告書がきっちりクザンのサインつきで書かれている。

「……大事な書類を折りやがって」

舌打ちと同時に口内に溜めた煙を惜しみ無く吐き出す。ぶわりと白んだ空気を換気するように窓を開けると、窓の向こう、反対の棟からが大きく手を振っている。

「たしぎちゃーん!確かに渡したからね~!」

陽気な声をあげるに何かしらの不快感が沸き上がって窓枠に足を乗せた。

「やっべ逃げよう」
「待てッ!」

いち早くその動向に察知して背を向けたは背後から迫る怖い顔の男を見事煙に巻いた。スモーカーだけに。


「くそ…ッ」
「スモーカー大佐、その、何故あそこまで彼を毛嫌いするのですか?」

恐る恐ると言った様子のたしぎを一瞥し、大きく煙を吐く。

「腹の内が読めねェんだよ」
「え?」



そう語るスモーカーは2年前、ある軍艦での事を思い出していた。まだ大佐という役職もなく一海兵として海賊船を捕縛しに海に出た時のことだ。

「クザンさんに頼まれて来た」

敬礼もなおざりに預かったという書状を軍艦の責任者である大佐に手渡しあとは、働くでもなく船のあちこちを散策する邪魔な男でしかなかった。勿論大佐の許可が降りた以上無下に扱うこともできないが視界に入る姿に苛立ちを覚えるのは仕方がない。

「つまらんね」
「…は?」
「君はこんなとこでモブやってるのはつまらんだろうね」
「何の事…ですか」

海軍は分かりやすいまでの縦社会だ。敵船を追うため走り回らなければならない一兵卒でも彼が直々に話しかけているとなれば誰も文句は言わない。悪く言えばこの男が満足するまでスモーカー自身が付き合わなければならなかった。

「早く上がっといでよ。海軍に必要なのは君みたいな真面目な莫迦者さ」
「……あ゛?」

その時船が大きく揺れる。突然の衝撃にバランスを崩したスモーカーの腕を掴み支えてやるは悠々と、着弾した箇所を見つめ僅かに微笑んでいる。

「当てさせるつもりはなかった?威嚇射撃のつもりが新兵が船を寄せすぎたからぶつかっちゃったのか。そもそも逃げるよう伝えたはずが姿を現したことに動揺してるの?まぁいい黒だ面倒くさい」

ぶつぶつと唱える声はスモーカーに向けられたものではなく独り言のようで、騒がしい船の上で彼の言葉を耳にしたのは未だ強く腕を掴まれているスモーカーくらいだ。

「えへ」

今までの温和な雰囲気が全て剥がれ落ち、ギラギラと光る目は獲物を捕捉したと言わんばかりに見開かれ、ダンッと踏み込み戦艦から飛び出した。そのまま月歩で敵船まで消え、半刻もしないうちに戻ってきた彼は、両手で掴めるだけの生首を持ち帰り、大佐の足元にばらまいて見下した目でそれを見ていた。
何かに気付いた大佐が死んだように真っ青になった顔で男の足にすがっては蹴とばされてるのを見て、色々な感情が背を這った事は今でも忘れない。



「いいかたしぎ、あの男には近付くなよ」
「……」
「本性を見せない食えねェ野郎だ」



   ***

「やっべ。見られたでござる」
「………テメェ」
「あー言わないで皆まで言わないで」

真っ黒な手袋をはめた両手をぶんぶんと振るリアクションの大きさも間の抜けた声も普段と変わらないのに、だからこそ、その場を埋める濃い血臭が異様に鼻につく。真っ赤な地面につけた足は動かす度にピチャと音を立てた。

「なんで来たんだよ。ここは立ち入り禁止のはずだろ~?」
「それはこっちの台詞だ。テメェ、味方を殺りやがったな…ッ」
「味方?これのこと?」

足元に転がる肉塊をごろりと転がす。これでもかと開かれた口から血がどぼりと溢れ、抵抗もせず蹴られたまま転がる死体はかろうじて海兵の服を身に纏っていた。

「……ッ!」

背負う十手を引き抜いて白煙は闇夜に隠れるような黒い男に振りかかる。

「やだなぁ大佐、公務執行妨害だよ」
「黙れ…ッお前、海賊と内通してるな!」
「やーんひどい濡れ衣でござる」

動きが読まれているようだ。のらりくらりとかわされ、煽るような動きまでされ、血管が浮くのが分かる。

「でもいいよ」

そういって自身に突っ込んでくる体を煙になってかわす。体をすり抜け背後に回ったは高く飛び上がり階段の柵の上からトロンとした目でねぇ、と言った。

「獣の発情期って知ってる?」
「アァ?」
「大した知性なんて持ち合わせてないから大変なんだって。家族相手でも平気で腰振っちゃうの」
「……」
「俺も今そんな感じ。中途半端に血を浴びたから高ぶっちゃって!だから誰でもいいよ」

「少し相手をしてあげる」
「……ッ!?」

先程まで見上げていた相手の声がすぐ真下から聞こえる。いつの間に下りてきたのか、振り上げられる刃物を躱しながらではろくに頭も働かない。

「君の正義感は素晴らしいけれど、実力が伴わなくちゃ意味がない」
「……ッ!」
「君がロギアじゃなかったらもう4回は死んでるよ?」
「クソ野郎ッ」
「罵倒ばっか」

当たらないことは明白だが、刃物や蹴り、先程から止まない攻撃が鬱陶しい。こちらから仕掛けた攻撃も全て受けることすらされずかわされる。挙げ句の果てにはアドバイスすらしてくるのだからこれでは稽古をしているようだ。

「いかん。そろそろ片付けないと大将に迷惑がかかるな。失敬」
「ンッ!?」

腹に入った蹴りに胃液がむせ上がる。“覇気”だ。逃がしてたまるかと睨みつけるも、そのまま視界はチカチカと星が舞い体が傾くのが分かった。

「よっと」
「……」
「面倒くさいからお薬刺しときますねー」

前に倒れるスモーカーの腕を掴み支えてやる腕は、あの2年前と同じように悠々と無惨な現状を見渡していて、文句を吐き捨てる前にスモーカーの意識が途絶えた。


   ***

「あらら、無断遅刻の裏にはそんな事情があったの」
「……」

目が覚めた時には覚えのない屋上に寝かされていて、日はすっかり昇っていた。急ぎ昨夜の場所に向かうも血液どころか、血の臭いすらもない。狐に化かされたような思いも口のなかに僅かに残る吐瀉物の臭いが夢でなかったと思える唯一の証拠だ。
急ぎ上司の元へ向かい報告するも、大将青雉はつまらなそうに書類に判を押し続けるだけでろくに聞いてやいない。

「あー、あれだ。あいつも俺に似て人に説明するのとか苦手な奴でさ」
「だから……」
「それより、朝からお前が空けた穴埋めてんのあいつだから、後で礼言っときなさいよ」
「……クザンさん」

あいつの肩を持つのかと詰め寄るが、上司はやれやれと息を吐くだけだった。

「どちらかっつーと、お前の肩を持ってんだよ」
「は?」
「海軍も人手不足とはいえ身辺調査はしっかりしねぇとなァ」

ぱさりと机に放られた資料にはあの時屠られた死体全てから撮ったらしい刺青の写真と、ある海賊旗が並べられている。

「どォりで最近演習中に海賊どもが襲ってくると思ったんだよ」
「……内通者」
「言ったろ?こいつは監察官だって」

な、と呼び掛けられた空間に突如黒い塊が降ってくる。着地した瞬間も手に持ったトレイは物音一つ立てないのだからやはりただ者ではないと眉を寄せる。

「ただ者だよ、大将には俺の気配バレてたでござる」
「……」
「何でわかるのかって?見聞色の覇気だよ。君もいつか習得するよ、たいさ君っ」





目の前で上司に紅茶を入れるその姿はまた普段と変わらない温和な少年のようで、昨夜感じた気迫も貫禄も影すらない。

「どうした?君も飲んでく?」
「いや……」
「待ってなさいや、こいつ昨晩の謝罪と今朝の礼言おうと頑張ってんだから」
「チィ……」
「あっはっは!今でも真面目な莫迦者のままなんだなぁ!」

口からぽろりと葉巻が落下する。
こいつ、覚えてやがったのか。



Back