ここはいつだって穏やかな風が吹いている。死んでまで特等席とはなんとも羨ましいことで。
買ってきた地酒を惜しみ無く墓にかけてやれば、日の光に照らされたきらきらと眩しい液体が好き勝手に跳ねて土に吸い込まれていった。もし生きていたら、いい酒だと喜んでくれたろうか。
「とんだ偶然もあるもんだねい」
「お、この声はマルコ隊長だな」
「元、だよい」
横に並んだ男が視界の端に写りあぁやっぱり、と小さく笑う。この男は何度死線を潜り抜けたってまるで変わってやいない。さすが、不死鳥だ。
「お前とは特に、久し振りだよい」
「悪かったとは思ってる。親父の報復戦争に俺は参加しなかったもんなァ」
「……別に、結果論で言えば、正しかったのはお前かもしれねぇ」
悔しさの含まれた声も後半はただ弱々しいものに変わっていて、こういう時気の利いた事が言えればいいのだが、元々口数の少ない俺は黙って墓を見つめてるだけだった。
何も声をかけられないのは、俺の懺悔は他にもあるからだ。
「それだけじゃねぇ。俺があの場から抜けてここに来たのは、お前らが黒ひげに負けて、誰も戻らねぇと思ったからだ」
「……」
「今度こそ壊滅したら、誰もここを守らねェだろ」
「お前もオヤジの形見を守る気だったのかよい」
「あぁ。だがこうしてお前が来た」
あの頃と変わらない家族の姿に鼻の奥がツンと熱くなった気がして、せっかく上げた顔をまた遠くの海へ戻す。また会えてよかったとは、恥ずかしさから一人言として呟いた言葉だが、どうやら本人の耳に届いたらしい。俺もだよい、と返される。
「ハハッ、まさか隊長様が俺みたいな雑兵の事を覚えていてくれていたとは」
「なんだ。お前は俺が“隊長”だから覚えてたのかよい」
「そうだよ」
「……」
あまりの即答に嘘だと見抜かれたのだろうか。何故か不機嫌な様子で舌打ちをされたため、白状するように咥えたままの煙草を口から放す。
「マルコ隊長の戦う姿に見惚れたんだから忘れるわけねぇって」
「……今更世辞なんかいらねぇよい」
「えぇ?」
世辞とは失敬な。あんたが本音を聞きたがったんじゃないかと横の仏頂面に指を指すと先程とはまた違った感じに顔をしかめた。なんなんだこの人は。
「こうして隊長と話すのなんていつぶりかな」
「マルコだ。もう隊長じゃねぇ」
「さっきからそんな気にすることか?」
「うるせぇよい」
わざとらしく肩を竦めたが当人はこちらを見ることなく俺の手で玩ばれた煙草を奪い取り口にいれた。
「あ」
「……ふぅ。ライターちゃんと持ってるんだねい」
「あぁ……そりゃあもう。あれには懲りたんでね」
そうだ。初めて話したきっかけは俺の煙草だった。
敵船との海戦中、海にマッチを落とした俺はその後煙草吸いたさに声をかけたのが不死鳥マルコだった。
『隊長、あんたの能力で煙草に火をつけてくれ』
『……』
周囲の人間が俺を見て驚いたり呆れたり爆笑したりと様々なリアクションを浮かべている理由も分からないまま、マルコは俺のことなどまるで無視して立ち去ってしまったのだった。隊長とは言えなんともふてぶてしい男だ、と見下した俺はその日の晩『自分の隊長をライター代わりにする生意気な男』として絡まれ酔い潰されたのだ。
翌日文句を言ってやろうと部屋に押し掛けた先、俺を潰した隊長は二日酔いで随分と参っていたため、優しい俺は介抱をしてやったんだっけ。
「あれから何度か隣で飲んで…」
「飲み比べの最中オヤジまで参戦してきて」
「あの翌日は二人とも死んだよなァ」
「お前まで二日酔いとは珍しかったよい」
なぞる記憶が暖かくてつい息をこぼして笑った。目の前で目をつぶるこの男もきっと同じような思いでいるんだろう。纏う雰囲気が柔らかくなった気がする。その姿にほっとした俺は、もう覚悟を決めているからだ。
「……じゃあ、この地はお前に任せるよ」
「は?」
「言ったろ?俺はオヤジの形見を守るためにここに来たんだ」
「聞いてたよい」
「だから、お前が来たならもうそれは守られる」
言いたいことを察したのか、浮かべていた笑みは消え今じゃ敵を見るように冷たい目を向けている。
「地位も能力もお前より低いが、俺の方が長くオヤジの側にいたんだ」
「……知ってるよい。オヤジがお前を頼りにして色々使いを頼んでた」
「ハッハッ!そりゃ酒の趣味があっただけだ!」
陽気を装ったって笑うのは俺だけでマルコは諌めるような目でこちらを見るだけだ。別に隠しても明かしても結果は変わらないからと、残りの酒を全て墓にかけて言葉を綴る。
「オヤジは死んだ。親より先立つ不幸はもうない」
「……」
「自分のことは病的に無頓着だから、必要とされなきゃ生きてられねぇんだ。昔から」
そう、昔から。
島に海賊がでたから追っ払ってこいと父は酒瓶を片手に俺に命令した。海賊に殺されたとありゃ口減らしの理由には都合がいいだろう。意味がないと分かっていながら包丁を持って海賊を見に行った。何を感じ取ったのかオヤジは俺を船に乗せ、これからは俺達が家族だと言った。この日初めて『お湯のでる入浴』をした。
手がつけられねえからお前がやれと初めて新人教育を任された相手がマルコだった。なにか言えば反発し、手まであげてくる奴だったが、別にどうでも良かった。任された仕事をこなすだけだ。
下っぱでいれば仕事には事欠かないし、事あるごとにオヤジは仕事をくれた。オヤジの低い声で俺の名前を呼んで、任せたぜと言ってくれるのが嬉しかった。
だからオヤジがいないなら、もう俺は空っぽだ。
「なら俺と心中といこうや」
「……えぇ、それは、嫌だ」
「なんでだよい」
「何でだろ」
理由を探して、頭ん中の思い出をひっくり返してみるとそういえばマルコが側で笑ってることが多かった。だからだろうか。
「お前には笑っててほしい……から?」
「……、自分で言ってなんで疑問系なんだよい」
間違ったことを言ってしまっただろうか。機嫌を悪くしたのか顔を逸らされてしまった。何と言えばよかったのか。でもこれだけは確かだから。
「何でか、お前には死んでほしくないって思ったんだ」
「お前に対して同じ思いだって言っても
は死ぬかい?」
「……俺に?お前が?」
死んでほしくないのか、俺に。
もしマルコが本当に俺と同じ思いを抱いてるとしたら、『死にたい』なんて口にされるのも悲しいものだ。
「……じゃあ、お前に『もう要らん』って言われるまでここにいてもいいか」
「全く世話のかかるやつだよい」
そんな軽口を叩く。ごめんなマルコ、だからそんな悲しい顔はしないでくれよ。
心中しようか
ずっと見てきた優しい笑顔が自分に向けられているというのに、マルコはどこか舌打ちしたい気分だった。
(察しろよ莫迦が)
これから長くなるであろう二人での生活が思いやられるが、ずっと誰にも悟られず隠して来た今までを思えば然程問題ないだろうとすっかり短くなった煙草を大きく海へ投げ捨てた。
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