一人はやだよ
嗚呼、なんていうため息のような感嘆の声が聞こえてふと意識を戻す。すると案の定眼下ではフザに乗り遠くの空を見つめるシュラがいた。

「ゴッドエネルは、高く遠いお方だ」


「……ただの人だよ」
「ァア゛?」

一人言にしては長く、語りかけるには相手のいないそれに反応すべくふわりと横に並んでみたが、彼は喜ぶどころか眉間に皺を寄せガン飛ばしてくるのだ。ひどいなぁ。

「エネルは神のフリが上手なだけの人間だよ」
「ふざけんなッ!」
「うわっ」

炎をまとうスピアが向けられたのに気付いて慌てて空中旋回をするが、そんなことしなくたって当たらないんだった。
クモクモの実なんて驚く程戦闘に不向きな能力でもロギアには変わりない。

「あァ、お前なんざ拾うんじゃなかった」
「そうだよ。残念だったね」
「………おい、今のは本心と少しズレてるからな」
「いいよぉ別に」

雲の上で胡座をかいてにへらと笑うおれの口角に比例してその眉はどんどん吊り上がっていく。その様子が面白いんだと言えば今度は何をされるかな。


「助けて欲しかったわけじゃなかったが、今は彼の時死ななくてよかったーて思ってるよ」
「煮えきらねぇ事を言いやがる」


以前雲の下には何があるのか気になって手を突っ込んだところ、想像していたような面白いものはなく、ただ空魚の泳ぐ海雲に落下して溺れかけた。このまま死ぬのならそれもよしと無抵抗に沈んでいく俺を掬い上げたのがシュラだった。責任感が強いのか面倒見がいいのか、はたまたその両方か。行く宛もない俺を気にかけ、衣食住の面倒を見てくれる唯一の神官がこの男シュラだ。


「なぁシュラ、俺も戦う貝持ちたい」
「貝。ダイヤルのことか?」
「それ」
「いらねェだろ。攻撃されたって効かねェんだから」
「そうだけど。サトリ兄弟がちょっかいだしてくるんだ」

痛みはなくなって目の前で爆発させられたりインパクト押し付けられるのはやっぱり怖い。護身用に持ちたいと抗議してもため息をつかれるばかりで取り合ってくれなかった。

「あいつらには俺から言っておく」
「それ前も言ってた……」
「仕方ねェだろ。言って聞くような奴等じゃねぇ」

なら、やっぱり俺にダイヤルを持たせるべきである。もしくは武器。やたら希少価値の高いらしいこの大地の上で何度も戦いが起きてるのを知っている。少しでも役立てるならと俺も何か持ちたいのに、どうしてもシュラは首を縦に振らない。

「……お前はこちら側に来なくていい」

お決まりのよく分からない台詞を言われたので、意趣返しに体をすり抜けて反対側に浮かんでこれでどうだ?と、言えば油断しきっていた頭に槍を落とされた。痛い。





目を覚まさなければ良かったなんてここ最近毎日抱く不快感も今日でお別れだ。過去の記憶を夢に見て紛らせていた寂寥感も、今日でお別れなのだ。


「スカイライダーシュラよ」

ようやく見つけた。
そういって笑う俺を見るその顔はまるで別人のようで、ずいぶんと痩せたよわっちぃ顔を見るのがなんだかすごく、嫌だった。

「……か?」
「そうだよ。俺の顔、もう忘れたの?」

わざとらしく笑ったって、前みたいに眉を吊り上げてはくれない。ただ真っ白な顔を俺に向け小さく呼吸を繰り返すだけだった。

「……俺と行こう、シュラ」

触られることだってひどく嫌がった手を容易く掬って、細くなった指を撫でる。

「行くって、どこに」
「青海。俺が元々いた場所」

突然のことで驚いたのかな。見開いていた目を更に大きくさせて、何か言いたげに口を動かす。

「フザもね、先に青海に送ったよ。一緒じゃないと嫌だろうから」
「さっきから、何言ってんだ……」

雲流しとはなんと酷な刑だろうか。
たった一人、死ぬことも許されず体が朽ちていくまで生き永らえさせられるとは。
思考力も、声も、力も衰えてしまったらしいシュラの手をもう一度優しく撫でて、反対の手も差し出せば、シュラは恐る恐る俺の手に自身のを重ねた。

「俺と来てよ、シュラ」
「何が、狙いだ」
「シュラに死んでほしくないだけ」

死ぬ。細くなったシュラの体を見てその言葉はより現実的に感じられ、意思とは関係なく涙が溢れてきた。二人して驚いたように目を丸くすると、シュラは呆れたように息を溢してささくれ立った指で乱暴に拭ってくれた。

「あァ全く…相変わらずだな、お前は」
「……」
「助けて欲しいわけじゃねぇが、いつか彼の時死ななくてよかったと、思うかもしれねぇしな」
「……それ、俺が言ったやつ」

泣き顔を見られたくなくて、抱きつくように腕を絡め体全体を前に倒す。

「……離すなよ」
「離さないよ、もう絶対」

渋々、なんて様子で俺の背中に回された腕から温もりを感じて、あぁほんと、やっとここまで来られた。

「空島に言い残すことは?」
「何もない」
「そう」

風の抵抗から庇うようにシュラを抱き締めてそのまま自然落下。
サヨナラ空島、僕の天使は連れていくね。



初めての海に感嘆の声を洩らしたシュラをこれから何度も驚かせて色々なことを教えてあげよう。空島で受けた恩をどうやって返そうか。色々思い浮かべながら、僕らはふわりと空を舞って、フザの待つ小島へ降り立った。



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