「なんで濡れ鼠になってんだ」
「……貴方の上司のせいですよ。准将」

ベクシッとくしゃみを一つ。が身震いしている間もスモーカーは汚ェと言いたげに眉を潜め更に舌打ちをする始末だ。冷たい。
まだ服からしたたり落ちる水をピッと飛ばしてみると今度は拳骨を食らった。冷たすぎる。

大佐、これで拭いてください」
「ありがとう少尉」

普段はトロイだとか抜けてるなんて思われがちなタシギ少尉だけどこういうとき気の利いた行動が取れるのは彼女だけなので准将の欠点をしっかりカバーしたいいコンビだと思う。心のなかで上から目線の余計な評価をしながら濡れた箇所を拭いていると、タオルがぴきぴきと音をたてる。

「うわっ!?大佐、タオルが!」
「……チッ」
「准将、私が言うのもなんですが上司に舌打ちはどうかと」

いやけしてあの人を庇うつもりはないんですけどね、と付け足す間もなく肩の辺りが凍っていき、「そうだよなァ」と剣呑な声が辺りに響いた。

「よ、遊びに来たぜ」
「遊んでないで仕事してくださいよ大将」
「冷たいねェ」

びきびきと鳴きながら氷がのコートを凍らせていく様に思わずたしぎが咎めるが、当の本人によってたしなめられる。

「だめだよ少尉、上官に楯突いたら何されるか分かんないよ?」

言い切るや否や今度は じゅ、と何かが蒸発するような音とともにクザンがわざとらしく「アチチ」と声を上げる。

「ちょっと、火傷したらどうするのさ」
「しないでしょう。私の方が凍傷になります」
「ならんでしょうよ」

ヒエヒエの実を食べるクザンに対抗できるは、アチアチの実というなんとも間抜けな名の悪魔の実を食べた能力者だ。自身の体温であればいくらでも上げることができるため、その能力を纏わせた肉弾戦を武器に大佐の座まで上り詰めたのだ。が、しかしそれと大将青雉と知り合いであることは関係なく、気付いたらこうして絡まれ生意気を言う間柄になっていた。何故こうなったのか、本人もまったく分かっていない。スモーカーの元へ配属されるまでは顔すらよく知らなかった相手だ。
そんな男が鼻の頭がぶつかるんではないかというほどに顔を近付けてきたものだからつい反射的に顔の体温をあげこちらからも接近を試みる。

「おい

その鼻火傷させてやるよ、と意気込んで接触する寸でのところで襟を後ろへ引っ張られ蛙の鳴くような声をあげる。

「引っ張らんでください准将」
「テメェこそ油売ってねぇでさっさと報告書を提出してこい」

さっきまで咥えていたものは吸い終えたのか、新たに葉巻を咥えて睨みを利かせるのだから、野犬なんて言われながら真面目だなこの人は。
いつものことながら他の8割の思考と同じく口には出さず、2割程にも満たない必要最低限の発声は「どこへ出しに行くのかわかりません」というものだった。

「チッ…いい加減覚えやがれ」

必要ないですもん。勿論これも8割。声には出さない。

「タシギ、教えてやれ」

ハイ、と歯切れのいい返事をしての前を歩く。体温を上げなんとか服を乾かしていたもつられるように後に続いた。

「俺がキスしちゃうと思った?」
「………何のことだか」

スモーカーにも顔を近付けるこの男を遠ざけるように副流煙を吐き捨てるが、そんなの気にも止めない様子で楽しげに笑うもんだから居心地が悪い。

「仕事があるんで」

男の背中を見送りながら青雉ことクザンはククと喉をならした。


   ***

船内訓練の時刻はもう過ぎている。苛立ちを隠さずに睨み付ける先には気持ち小走りで向かってくるとその後ろを悠々とついてくる青雉がいた。

「……」
「えぇもう言わずもがなですよ」

今日はいつにもまして濡れている。しかし滴るコートの先が焦げているのはこれが初めてだ。


以前、が氷柱の真ん中に捕らえられているのを見たことがある。ハーバリウムだと言って横で足を組み笑う上司には狂気を感じたし、流石に洒落にならないと十手に手をかけ氷を砕き助け出した事がある。
少し砕いた辺りで意識を失いかけていたがなんとか体温をあげ氷を溶かし、必死に酸素を吸い込んでいるのを見て哀れに思わない程非情ではない。
それ以降を青雉の元へ向かわせないよう気を付けていることなど当の被害者は気付いていない。むしろ青雉がやたら寄ってくるようになったなとため息をついている毎日だ。


「……コートは手前で焦がしたのか」

おおよその察しはつくが集合に遅刻しているのも事実だ。他の部下に示しをつけるため事情を聞かねばならない。

「大将からのいやがらせに偶然大将が鉢合わせたんです」
「………」

人のことを言えた義理じゃないが、口数の少なさには困り果てる。その上どういう訳か彼はいつだって固有名詞を呼ばない。
無論横にいる男と悪魔の実の能力を考えれば青雉と赤犬のことだと容易に想像がつくが、もしこれが中将クラスの話になったら誰のことかわからなくなりそうだ。

「そこまで頑なに名前を呼ばないのには何かあるのか?」

スモーカーの疑問を代弁した上司の言葉に無視をするわけにもいかず、フゥと息を吐いてそうですね、と話始めた。

「こんな仕事をしているんです。命の価値なんて、考える時間も勿体ないくらい軽いものです」

大将たちほど実力があれば話は別ですけどと付け加えて焦げたコートを脱いでいく。

「『いくらでも替えはいる』存在であるなら、人の名前とか、距離感とか、そういうの残さない方がいいじゃないですか」
「…………」
「まー、その他大勢に甘んじたくないなら俺の秘書とかは?異動願い出せば受理するぜ」

内地勤務なら死とも隣り合わせになることはない。上司が俺ならそんな畏まることもないしいいことずくめだと勧誘するクザンをきつく睨み付ける男がいるが、二人よりずっと下方に頭があるは当然そんなことに気が付かない。
あーだのんーとも煮え切らない声を出しているうちに首根っこを掴まれ引きずられていく。

「行ったところで今まで以上に玩具にされるだけだろうが」
「それもそうですね。スモーカー准将の下で働く方が性にあってます」
「………………あァ」





「スモーカーのやつわりと露骨だよな、タシギ」
「……?何がですか?」
「ありゃりゃ、部下もこれだもんなァ」

無自覚な程からかい甲斐はあるが揃いも揃って鈍いのが揃っていると些か部下が心配になる。

「まぁ、いいか」

また明日も、文句を言うでもなく眉間に皺を寄せて睨み付ける白猟の前でその獲物にちょっかいをだそう。誰も喜ばない嫌がらせを考えながらキコキコと自転車のサドルを漕いだ。



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