砂の涙

「うぅ…」
「なに泣いてやがる」
「サー…」

ここ、何階だと思ってるんですか、何時だと、私の部屋なのに。そんな文句は当然聞き流されるし私も本気で言ってはいない。泣き顔を見られた恥ずかしさをはぐらかすように言うだけだ。──そもそもサーの所有するレインディナーズの働き手として住み込みを許してもらってるんだから端から私のプライベートなど期待していない──

「でェ?何泣いてやがる」
「夢を見たんですよ。サーが買い物の時、マジックテープの財布からお金をだしてる夢です」
「……想像以上にくだらねぇ」
「いや、私にとってはかなりショックだったんですよ。サー、まさかとは思いますが…」
「そもそもテメェは俺が自分で買い物してるのを見た事あるのか」
「そういえば。いつも私が後ろについてカードで支払ってます」
「そうだろうが」

マジックテープどころか財布を携帯して出掛けてる姿すらみたことがない。冷静に考えると夢の中のこととは言えこんなしょうもないことで泣くとは我ながら情けない。

「ご心配おかけしました」
「てめぇのすすり泣く声が耳障りなんだよ」
「これからは静かに泣きます!」

わざとらしい敬礼に対して大きな舌打ちだけ残すとすぐに砂となり部屋を去った。残された砂を軽く端に寄せてもうすっかり冷えてしまったベッドへ戻る。今度はきっといい夢を見られるに違いない。


   ***

「お前なァ、いい加減にしろよ」
「ごめんなざい……」

椅子にどっかりと腰かけ葉巻をふかすサーの前で私は手を前に組みべそべそと泣いているが、別にサーに叱られて泣いたわけではない。決してない。

「俺はオメェの器量のよさを買って置いてんだ。そうでないならいらねぇよ」
「サーは悔しくないんですか、自分のこと、バカにされて」
「俺はその場にいなかった」
「私が!腹が立ったんですッ」

垂らしそうになった鼻を慌ててすする。とても気の利くミスオールサンデーがティッシュを手渡してくれた。

「サー・クロコダイルを貶した男を、貴女が懲らしめたんですって?」
「あぁ、それもこの汚ェ面でな。どちらが被害者かわからんとボーイも呆れてた」
「フフ、貴女本当に泣き虫なのね」
「違うんですよ、ミスオールサンデー。私自身が傷付けられようが悲しくなろうが泣いたりはしないんです。でもサーが絡むとつい……」
「あら、それは…なんとも熱烈ね」
「……チィッ」
「ん?何ですか?」
「ウルセェ、さっさと仕事しろ」
「勿論です、サー!」




   ***

握りしめた新聞は涙で滲み悔しさでしわしわになってしまったが、そんなこと。

「………チクショー」

空はこの間まで降り続けた大粒の雨に変わり歓喜の声と新聞を降らせた。一面を飾るサーの敗北の記事が忌々しい、英雄と称えたサーを見下し新聞に唾を吐き捨てるここの奴等が忌々しい。





もうずっとこの屋敷には人がいない。
それもそうだ。オーナーは今インペルダウンにいるのだから。カジノは解体され今はもうあの頃とはまるで違う外観のカジノが街の観光を買っている。クロコダイルのものなど壊してしまえと一時期酷く攻撃された屋敷は法律に守られなんとか形を保っている。

「こんなぼろぼろになった屋敷なんか、もう見向きもしないだろうけどさ」

投げ込まれた石や火炎瓶のせいで外壁も庭も廃れてしまい、唯一の召し使いである私も顔に火傷を負ってしまって見た目が悪い。彼はもういない。ミスオールサンデーも、今じゃ敵の船に乗っているらしいじゃないか。
私と言えば、今でも屋敷を掃除して窓の換気も怠らず、一度は枯れた花壇にも少しずつ緑を増やして細々と生き続ける。
もう誰も帰ってこないのに。


「……はっ、」

こんなに泣いているのに、今は来てくれないなんて。







「すすり泣く声が耳障りだ」
「………………、嘘」

幻聴だと思った。もしくは夢。ここ数年間一切の希望は抱かず生きてきたのだから。

「……」

────いや、もしかしたら捨てきれない希望があったから地縛霊のようにこの屋敷から離れられなかったのかもしれない。

「俺の名前を呼んでみろ」
「サー……。サー・クロコダイル」
「で、何泣いてやがる」
「貴方がいない寂しさを泣いておりました」
「クハハ、悪くねぇな。相変わらずいい女だ」
「相変わらず?初めて頂きましたよそんな言葉」
「減らず口も変わらねぇなァ」

目力の強い目がこちらに向けられて途端に恥ずかしくなる私の左側。前髪を垂らして隠すのも間に合わずサーの不服そうな声が聞こえた。

「なんだその顔は」
「ちょっとした不始末で。見苦しいですよね、すみません」

ここで そうだな なんて言われたらショックで泣き出す自信があるから言わないでほしい。何言われるのかと思うと顔もあげられずただ吐き出した煙を目で追った。

「俺は一度もテメェの顔を買った覚えはねぇ。今更なんだ」
「うわ…それはなんか最低です」

低い声で凄まれたけど、何を今更。

「サーがいない時間に比べたら何も怖くないですよ」

大きな義手はあの頃より汚れて傷も増えている。また手入れしなくちゃなと思いながらその鍵爪が私の腰を引く。

「抵抗するなら今だぜ」
「抵抗した私を大人しく手放しますか?」
「ねぇな」
「良かったです」



今日は泣き止めそうにない。



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